コロナをきっかけに、有名音楽事務所から姉妹で独立
――まずは独立して、起業することにされた経緯を教えてください。
小春:コロナ禍をきっかけに独立を考えた方はたくさんいたと思いますが、我々もそのなかの一人です。それまで事務所に所属していて不都合を感じたことは一度もありませんでした。守ってもらえる環境で、やりたいことを実現させてくれるスタッフにも恵まれていたのですが、コロナ禍でリアルでのライブができなくなり、活動のスタイルを変える必要に迫られて。いろいろアイデアを出したのですが、どうしてもゴーサインが出るまでに時間がかかってしまうという、大きな事務所ならではの課題に直面したんです。
もも:いつか独立して、二人で会社をやっていけたらいいなという気持ちは、昔から漠然とありました。でも、それに向けて何か準備していたわけでもなかったんです。なかなかコロナ禍が明けない状況で、お互いがそれぞれに「もっとスピーディーにやりたいことをやりたい」と考えていたということがあり、二人で話したタイミングで「うん、独立しよう」と気持ちが固まりました。
チャラン・ポ・ランタン(手前からもも、小春)
――他の方にも相談をされたりしましたか?
もも:なかったんじゃないかなぁ。小春ちゃん、どう?
小春:いや、ないかなぁ(笑)。
――お二人で決断されたんですね。「ゲシュタルト商会」は合同会社ですが、形態などはどうやって決めたのでしょうか?
小春:最初は起業のために必要なことが何もわからなくて、「いまは有限会社が新設できなくなっている」ということすら知らなかったくらいでした。でも、私が検索魔なので、「会社を立ち上げるには」を検索して、みたいな感じで情報収集をしていきました(笑)。ただ、初期の段階で株式会社は絶対に違うなと思ったんです。
株式会社をつくられているYouTuberの方が会社を乗っ取られてしまったというニュースを見て、そういう可能性があるものを無知な私たちがやるものじゃないと。万が一知らない誰かに丸め込まれてしまうようなことが起きたらマズいと思い、そういうことだけは起きない環境にしておきたかったんです。会社設立を手伝ってもらった税理士の方に、あとから株式会社に組織変更することもできるとも聞いたので、「じゃあ合同会社でお願いします」と決断しました。
その税理士さんも、いろいろと検索するなかで「どうやら税理士はいたほうがいいらしい」と知って、さすがに私一人でお金は管理しきれないと思ったので探しました。自分でも検索して調べたり、知り合いに紹介してもらったりもした後、何人かとお会いしてから、この方にお願いしようと決めました。
もも:独立を決めてから、本当に短期間で立ち上げたので、じっくりと考える余裕はなかったです。小春ちゃんに「そうすることにしたから」と言われたので、「はい、そうしましょう」って(笑)。
小春:ももはそういうところに興味がないんですよ。相談しても「そっかそっか、いいんじゃない」くらいの感じなので(笑)。
もも:我々は役割分担がはっきりしていて、お金まわりとか、書類の申請とか、いわゆるめんどくさいと言われるような業務は小春ちゃんが担当してくれています。性格が似ているところももちろんあるのですが、小春ちゃんは数字に強いのに対して私は苦手とか、私は姉に比べると社交的といったように逆な部分もあるんです。
小春:私が経理や数字まわりを見て、ももが営業というイメージですね。
「言ったからにはやらざるを得ない」という状況に自ら身を置く
――本当にイチからお二人で立ち上げられたのですね。
小春:独立すると決めてから大慌てになることばっかりでしたね(笑)。全部自分たちが引き取るとなったら倉庫を借りないと衣装が入り切らない!とか、物販も自分たちで管理しなきゃいけないと気づくとか。でも、こういうことって独立を決めてからじゃないと、わからなかったとも思います。
もも:もし一つひとつタスクリストをつくっていたら、やることが多すぎて独立をやめていたんじゃないかな(笑)。これは独立に限らずですが、言ったからにはやらざるを得ないという状況に身を置いて、「やりたい」という気持ち先行で行動してしまったほうがいいと思います。
――独立してから仕事に対する考え方に変化はありましたか?
小春:「会社が決めたことなので」という前置きをすることがなくなったことは大きいですね。もともと我々の原点は大道芸なので、道端で投げ銭をもらって生活していた時期があったのですが、その時の感覚に戻った気がします。大道芸は立ち止まってくれた人に、いかにお金を払ってもらえるかが肝で、よかったらよかっただけ結果が残る。いまは物販の売上や、ファンクラブの会員数など、結果が数字でバンと出てくるので、「規模が大きくなった投げ銭」をいただいているような気持ちです。
もも:YouTubeでのライブ配信など、事務所に所属していたときにはできなかったことを着々とカタチにできているという、手応えがありますね。
アコーディオンをもっと弾いてほしい。夢だった販売を実現し、500台以上を受注
――独立直後にオリジナルアコーディオン「Bébé Medusa」を販売されましたが、500台以上の注文があったそうですね。
小春:まさにそれが事務所にいたときはできなかったことですね。じつは準備は3年前から進めてはいたのですが、事務所からはクレームが入ったときの対応などリスクが高すぎるので販売することは難しいと言われていたんです。
もも:アコーディオンの販売は姉の夢だったので、独立して一発目にやりたかった。いま、アコーディオンは絶滅危惧種というか、世界的にもつくっている工場が次々と閉じられているような状態で、ヴィンテージ化している楽器なんです。そういった現実も見たうえで、7歳からアコーディオンを弾いている小春ちゃんが、自分の好きな楽器を世界に広めたい、日本でももっと弾いてほしいという想いで動いているプロジェクトだったので、絶対にやりたかったんです。
イタリアのアコーディオンメーカー「BUGARI」に訪問した際の様子
――この販売数は予想通りだったのでしょうか?
小春:予想をはるかに超えました。「20台いけば多いほうかな?」くらいに思っていました。というのもアコーディオンは、日本全国で年間50台も売れていないと思うんですよ。
いまでもYouTube上に残っているんですけど、販売前日に配信で「もし100台売れたら革命児と呼んで」と冗談で言っていたんです(笑)。受注がスタートしたら、みるみるうちに(発注数の)カウントが上がって、目を疑いました。
もも:1週間ほどは受注する予定だったんですけど、一晩で500台を超えたので、これは一度ストップしないと手に負えなくなる、となりました。
小春:私たちは二人しかいないので、「本当にごめんなさい。一回受付は止めさせていただきます」とストップさせました。そうしたら問い合わせがたくさん来てしまって。そのときに初めて「こういう対応をずっとスタッフの方々はしてくださっていたんだな」と、身を持って知りました。
オリジナルアコーディオン「Bébé Medusa」
――想像をはるかに上回る数の受注の要因は、何だったと分析されていますか?
小春:完全にYouTubeですね。コロナ当初から「蛇腹談義 ※外部リンクに移動します」というアコーディオンの話をする動画をアップし始めたんですけど、最初から順番に見ていくとアコーディオンがある程度弾けるようになるという内容なんです。でも、視聴者のみなさんはアコーディオンは持っていない。買おうと思っても、だいたい50万円以上する。それで「安いアコーディオンを知りませんか?」と言われ続けていたので、10万円から買えるアコーディオンを販売したんです。
もも:「アコーディオンって、こんな楽器なんだ」と興味を持ってもらうことのスタートもその動画配信だったので、アコーディオンの製造過程も動画にしたんです。私自身、つくり手の想いを知ると、より買いたくなるタイプなんですけど、今回アコーディオンを販売して、その効果をあらためて実感しました。別に購買欲を増やそうと計画してやったわけではなく、ただ実際に見てほしかっただけなのですが、視聴者のみなさんの「ほしい」という気持ちがどんどん大きくなっていく様子が明らかに伝わってきていました。
「没後に評価される」のは絶対嫌だから、生きてるうちにやりたいことをやる
――事業内容としては、そのアコーディオン販売というよりは、やはりチャラン・ポ・ランタンのアーティスト活動が軸になるのでしょうか? また、どのような事業計画を立てられていますか?
小春:それは立てないといけないですね(笑)。
アコーディオンの販売は3年前から計画的にやっていたのですが、我々の活動は基本的に気合いと情熱優先なんです。事前に「これだけ売り上げよう」と数字で計画したことは一度もなく、「やりたい」を優先させるので、それをやるためにやらなきゃいけないことがついてくる感じです。
ただ、会社が赤字にならないように計算だけはしています。そういう計算は好きなので(笑)。それを踏まえたうえで、赤字にならなければ「やりたいことは進めてしまおうというスタイル」ですね。利益云々を考え始めると、活動範囲が狭まっちゃう気がするので。
もも:いわゆる何枚CDを売りたいとか、いくら稼ぎたいとか、そこを目的にして活動しているわけではないんだなと、いま質問されてあらためて気づきました。独立したことで、やりたかったことが、よりクリアになったというか。だから、やっぱり独立しなきゃいけなかったんだなと感じますね。
小春:そもそも利益とかを考えていたら、このジャンルを選んでいないと思うんです(笑)。デビューしてから13年やっているなかでは、世の中で聴かれているものに寄り添ったほうが、足を踏み入れる人が増えるかもしれないと思って、J-POPに寄った時期もあったし、逆に寄らなくした時期もありました。これはふわふわしていたわけではなくて、経験として、いろんなところに寄ってみようと。
もも:「やってみた」という感じ。
小春:そうそう。でも、いろいろ経て思うのは、人生という限りある時間のなかで、やりたいことをやっていかないと、亡くなってから評価されたゴッホのようになってしまうかもしれない。私はそれは絶対に嫌なんです。人生、残り何年かわかりませんけど、そのなかでやりたいことをやって、できるだけ人を集めて、できるだけ歓声を浴びて死にたい。
もも:生き急いでいるのかもしれないけど、私も「死ぬまで生きたい」から、自分が生きているうちから誰かの記憶のなかで生き続けたい。その記憶がチャラン・ポ・ランタンというアーティストなのか、アコーディオンを売っている人なのか、それはなんでもいいのですが、とにかく人の目に触れて、我々の魂みたいなものをどんどん世界に広めたいなと思っています。
――それに向けて考えている今後の事業展開はあるのでしょうか?
小春:事業展開って、会社みたいですね(笑)。いま、アコーディオンを製造会社が大急ぎでつくってくださっているんですけど、すべての発送が終わると、結果として日本に500人くらいのアコーディオン初心者がいる状態になるので、今度はその500人に向けて、弾ける人を増やすコンテンツを用意できたらいいなと思っているんです。とはいえ私は演者で、先生にはなれないなと。すでに少し動画を載せてはいるのですが、それよりも掲示板のようなコミュニティーを立ち上げて、コミュニティー参加者みんなでワイワイやってもらうようなことができたらと考えています。
もも:急にアコーディオニストが500人も生まれているので。
小春:アコーディオン経済をぐるぐるまわしたいですね(笑)。地方にある小さなアコーディオン教室も盛り上がったらいいなと思うし、現状、日本にアコーディオンのリペアマンは数人しかいないんですけど、将来的にはそういった関連する職人さんたちも増えていったらいいなと思っています。
あとは先日、イタリアのアコーディオン工場を見学してきまして、カステルフィダルドという人口2万人足らずの小さな街なんですけど、そこで世界のアコーディオンの8割がつくられているんです。そこでアコーディオンのブランドのCEOたちとも会えたので、日本で500台売れたという話をしたら、すごくビックリして、いろいろ一緒にやりたいと言ってくれたんです。すぐかたちにするのは難しいとは思いますが、何年後かを見据えて、世界的にアコーディオンビジネスを広げていきたいです。
独立直後だからこそ、予算をドンと使って世の中にインパクトを残す
――チャラン・ポ・ランタンの活動に変化は出ていますか?
小春:もともと私はサーカスを見てアコーディオンを始めたので、いつかサーカステントでライブをしたいと思っていて。事務所に所属している時に「サーカステントを建てられませんか?」と話したこともあるんですけど、費用がかかりすぎるので実現できなかったんです。
自分たちで建てることが無理でも、既存のサーカス団には休演日が必ずあるので、その休演日にテントを使わせてくれるサーカス団がないか、いま探しているところです。それならサーカス団としても休演日に会場費をもらえることになるし、お互いwin-winになるのではないかなと考えました。動物が大きい音を怖がってしまうかもしれないなど、いろいろ乗り越えないといけない課題はあるとは思いますが、なんとか実現したいですね。
そのほかは、独立してから何度かやっている投げ銭イベントです。投げ銭は当日にならないと収益が見えないので、事務所に所属していたときはなかなかできなかったんです。公園などの大きな会場で、台車で投げ銭を大量に回収するような、大規模な投げ銭イベントをやってみたいですね。
もも:これまでも「よかったらよかっただけ(報酬を)ください」というスタイルで活動してきましたしね。自分たちのやっていることに自信をもっているので、これからも楽しいエンターテインメントを発信していきたい。先々週もドイツとイタリアに行って、いろんな種をまいてきたので、日本だけじゃなくて、どんどん世界に活動を広げていきたいです。
2022年5月にはドイツ(ケルン、デュッセルドルフ、トリーア)で公演を行なった(左:小春、中央:もも)
――最後に、これから独立や起業を考えている方にご自身の経験をふまえたアドバイスをお願いします。
小春:お金は使いまくったほうがいいと思います。はじめは予算をバンと使って、ド派手にスタートする。我々のような業種は、お客さんに忘れられてしまうと思い出してもらうのも大変なので余計意識しました。何かあったときのために、コツコツ貯めておくことも大事だとは思うのですが、そのあいだに人気だったりチャンスがなくなってしまうとも限らないし、お金は使わなければ、ただの紙ペラですから。
もも:価値に変えるということですよね。お金というものに、一つひとつ価値をつける作業というか。
小春:あと、お世話になった方々に対して、お礼を忘れないことです。どんな状況でも、人の縁というのはすごく大事だと思いましたね。ハガキを送るでもなんでもいいから、連絡をきちんと取り合うことは大切ではないでしょうか。
もも:私も、ご縁がつながって4月からJ-WAVEで毎週3時間のレギュラー番組が始まったり、独立してから仕事のお話をいただいたりしたこともたくさんありました。いままで築いたつながりも継続させてもらいながら、新しい仕事もどんどん広がっていることがありがたいなと思います。
■プロフィール
チャラン・ポ・ランタン
もも(唄 / 平成生まれの妹)と 小春(アコーディオン / 昭和生まれの姉)による姉妹ユニット。 大道芸人の姉とただの高校生だった妹 2人で2009年に結成。2014年にエイベックスよりメジャーデビュー。バルカン音楽、シャンソンなどをベースにあらゆるジャンルの音楽を取り入れた無国籍のサウンドや、 サーカスふうの独特な世界観で 日本のみならず海外でも活動の範囲を広めている。チャラン・ポ・ランタンとしての活動のほか映画やドラマ、舞台への楽曲提供、演技・CM・声優・イラスト・執筆 動画編集など活動の範囲は多岐に渡る。2021年9月より独立。 9月18日には小春がプロデュースした手頃な値段のボタンアコーディオン 「Bébé Medusa」の予約販売を開始。一晩でボタンアコーディオンを531台売り上げる。自分たちで会社を経営しながら、自分たちの世界を今後も大きくしてゆく予定。
二人が独立を決意し、晴れやかな旅立ちを歌った『旅立讃歌 ※外部リンクに移動します』(2021年7月発売)
■スタッフクレジット
取材・文:タナカヒロシ 編集:服部桃子(株式会社CINRA)