人生に添い遂げる花店の可能性。
滋賀県守山市の市街地と住宅街を結ぶ道路沿いに、「flower shop花の森」はある。落ち着いた外観に愛らしい看板が目を引く店の中には、季節の花をはじめ、青々としたツヤが美しいグリーン、壁を彩るおしゃれなスワッグ、さりげなく光るフラワーベースやアクセサリーなども並ぶ。
オーナーの吉瀧杏佳氏は、もともとウェディングプランナーの仕事に就いていた。楽しくやりがいを感じる毎日だったが、続けていくうちに気持ちに変化が起きたという。
「結婚式が終わると、ウェディングプランナーと新郎新婦さまとの繋がりはなくなってしまう。それがとても寂しくて、できればお客さまとより長く関わりが持てるような仕事をしたいと思っていました。また、どうしても土日が忙しい職業なので、自分自身が結婚した後も続けていくことに不安がありました」(吉瀧杏佳氏、以下同)
どのような仕事なら自分の思いが叶うのか、考え続けた吉瀧氏。そして結婚式場でのブーケや装飾花の打ち合わせをするうちに、興味を持ったのが花店の仕事だった。2018年に花店に転職。フラワーアレンジや店舗管理などの経験を積む中で、4店舗で店長を任された。そして2023年6月に独立し、自身の夢が詰まった、念願のフラワーショップをオープンさせた。
6帖の店内には、地元で栽培されたバラやスワッグなど、こだわりの植物がところ狭しと並ぶ。
わずか6帖の花店だからこそできる、ファンづくりの方法とは?
「flower shop 花の森」をオープンするにあたり、吉瀧氏は「家族との時間を大切にしながら、好きな仕事にも存分に取り組める場所を」と、店舗兼住宅というかたちを選択した。夫婦で決めた場所は、交通量が多く朝夕は車が混み合うような道路に面している物件だ。住居だけであれば通りから奥に入った落ち着いた環境が好まれるが、店を知ってもらうためにも、あえてこの場所に決めた。
「花店は、特別な施設を準備したり資格を取ったりしなくても、開業届を出すだけで意外と簡単に店を開けるんです。店舗兼住宅に詳しい地元の工務店の方にいろいろと相談し、店舗部分が遠目からも目立つように設計してもらいました」
狙いどおり、「渋滞中の車の中で見かけた」と店に立ち寄ってくれる人も多いそう。インスタグラムでの発信にも力を入れており、徐々に客足も増えているという。
車通りの多い道路沿いに位置する「flower shop花の森」。夕方の渋滞中に店を見て、訪ねてくる客もいるという。
店舗のスペースは6帖とコンパクトだが、「その分お客さまとゆっくりお話しできたり、いろんなご提案ができる」と吉瀧氏。非日常感を楽しめる空間づくりを大切にしているという店内には、「長く楽しんでもらえるように」と、日持ちする枝ものを中心に、単価は高めだが質の良い植物を厳選して取り揃える。
空間づくりとともに、吉瀧氏が大切にしているのが、顧客との丁寧な会話だ。プレゼントの依頼であれば、誰に送るのか、なぜ花を贈るのか、その背景についてもしっかり尋ねる。また、顧客が前回購入したプレゼントについても記憶し、次の依頼にも繋げるように心がけている。
「しっかり話をすることでお客さまのことがわかれば、その方に合ったご提案ができます。信頼していただくことにも繋がると思うのです。現在は、仕入れから接客・販売、アレンジメントの制作、集客などすべてひとりで行っているので、その点でも、お客さまのご希望をすぐにくみ取って反映できます」
外観も店内もウッディで温かみのあるテイスト。お話したいと訪れるファンがいるほど心地よい空間。
ラブラドゥードルの看板犬「こと」も吉瀧氏と一緒に客を迎える。
祖母への思いから生まれた、新たな花店のかたち。
「flower shop花の森」を通して、吉瀧氏が特に花を届けたいと思っているのが、高齢者とその家族だ。その背景には、3年ほど前に亡くなった自身の祖母への思いがある。
「祖母は、ずっと自宅で生活していましたが、認知症を発症して介護施設に入居することになりました。はじめは笑顔で話していましたが、月日とともに少しずつ表情がなくなり、部屋に遊びに行っても泣いていることが増えて。そうしているうちに、私や家族のこともわからなくなり、手を振っても振り返してもらえなくなりました。そんな祖母の姿を見ていて、何かしてあげられなかったのかな、と悔しくて。ふと、もし私のことがわからなくても、一輪の花があれば“きれいだな”って癒やされたり、一瞬でも笑顔になってもらえたのではないか。最期を迎える時の気持ちも、少し変わっていたのではないかと思ったんです」
誰しも高齢になると、歩いて出かけられる範囲が狭くなったり、外出そのものの機会も減ってしまう。またそんな親を気にかける子どもや孫たちも、心配や介護などの負担が重なることもあるだろう。だからこそ、高齢の方やそのご家族に、花を通じて心安らぐ時間を届けたい――祖母との経験からそんな思いを強めていった吉瀧氏は、店舗のオープンと同時に、新たな取り組みを始めた。それが「移動花屋」だ。
対象は、花店がない地域に住んでいる人や、自分で移動することが難しく花店に行けない人、病院や施設で生活していて花を買う機会がない人。切り花や観葉植物、園芸花などさまざまな種類の花を自家用車で運び、現地で販売する。
花のほかにテーブルや椅子も設置し、そこで実際に手に取って見てもらい、ゆったりと会話を楽しみながら好きな花を選んでもらう。まだ開始して半年ほどだが、介護施設など2カ所で実施しており、“まるで花屋に来たような空間”と好評だったという。
「花をきっかけにコミュニケーションを取ることで、関わった人が抱える気持ちに寄り添うことができます。特に、高齢の方の孤立や孤独を軽減したい」
今後、花を運搬するための専用車の購入など設備投資をし、さらに多くの人たちのもとに、花と癒やしと笑顔を届けたいという吉瀧氏。移動花屋を拡充するためのクラウドファンディングプロジェクト「移動花屋とセラピー犬で、高齢者の孤立と孤独をなくしたい」(外部サイトに移動します)も始め、2023年12月21日まで支援者を募集した。
flower shop花の森は、資金や魅力発信のサポートなどを通して、多様性に配慮した店づくりに励む地域の中小店舗経営者やショップオーナーの挑戦を応援する、アメリカン・エキスプレスの「RISE with SHOP SMALL 2023」B賞の受賞者です。
アメリカン・エキスプレス RISE with SHOP SMALLとは
地域や街、コミュニティの魅力づくりに貢献したい、ビジネスを活性化したいという中小店舗経営者、ショップオーナーの更なる挑戦を、資金や魅力発信のサポートなどを通して応援するプログラム。性別や年齢、障がいの有無、人種や国籍、言語、LGBTQ+など、さまざまなダイバーシティ(多様性)を持つお客さまや従業員の「自分らしさ」を尊重して受け入れる「ALWAYS WELCOME」な店づくりを支援。2023年は、500万円相当の資金支援で応援するA賞(3人が受賞)と100万円相当の資金支援で応援するB賞(5人が受賞)を実施。
いまは小さなワゴン車に花を積んで移動花屋を行っているが、今後、より多くの花を届けるために専用車を購入したい、と吉瀧氏。
繋がりで広がる、新たなビジネスの夢。
店舗のオープンや移動花屋のスタートなど、さまざまなアイデアをかたちにしていく吉瀧氏。チャレンジするごとに、発見や喜びがある一方、壁にぶつかることも多い。
「いざ移動花屋の準備を始めてみたものの、高齢者施設や介護施設、デイサービスなどの施設と繋がりがなく、サービスを広げていくのが大変でした。自分で調べるだけではなく、あらためて人との関係づくりや紹介が大切だと痛感しました」
最近は、地元の商工会議所の集まりに積極的に参加したり、今回のRISE with SHOP SMALLプログラム受賞者として知り合った先輩経営者とも交流を続けたりするなど、繋がりづくりに力を入れているという。そんな繋がりによって、新たな夢も広がった。
「いろんな方とお話をしていると、『お花屋さんをやってみたい』というお声をよく耳にします。“難しそう”“できないだろう”と諦める人も多いのですが、実は花店は特別な設備がなくても、小さなスペースしかなくても始められる仕事。私の経験をもとに、花店を開きたい、と思っている方の夢をかたちにするお手伝いをしたいと考えています」
「いろんな方に花を届ける毎日が楽しい」と目を輝かせてほほ笑む吉瀧氏。今後もさまざまな人と繋がり、応援を受け、地域に笑顔の花を咲かせ続けていくに違いない。
ブーケを作る際にも丁寧に会話を重ねる吉瀧氏。家でも長く楽しんでもらえるように、と枝ものやグリーンを豊富にちりばめてくれた。
■プロフィール
吉瀧杏佳(よしたき ももか)
ウェディングプランナーとして勤務後、花を通して人とのより深い繋がりを求め、2019年に花店に転職。接客や空間づくりを学び、4店舗で店長を任される。2023年6月に独立し、「flower shop花の森」を開店。仕入れから販売、集客などもひとりで担うかたわら、高齢者の方に花を届ける移動花屋をスタート。ほかにもさまざまな活動や事業を計画し、挑戦している。
flower shop花の森(外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:柿本順子 写真:張田亜美 編集:フィガロジャポン編集部