互いが互いを高め、成長し合うライバルであり仲間
まずは「GO ON」を設立した経緯を教えてください。
GO ONが結成された当時は、日本の伝統工芸品の価値はまだあまり世界で認知されていませんでした。一方で、日本で一番古い歴史をもつ手作り茶筒の「開化堂」6代目の八木隆裕さんや西陣織の老舗「細尾」12代目の細尾真孝さんは、2009年ごろから海外にもチャレンジし始めていたんです。そんな中、僕ら伝統工芸の後継者たちで一緒に何かやろうよ、という感じで集まるようになりました。これから伝統工芸を外国にどう展開していくべきか、時折集まって議論を交わしました。
本格的にGO ONがスタートしたのは2012年です。経済産業省クールジャパン戦略の補助金を活用し、グループとして海外で発表をしていこうという流れに乗って結成されました。西陣織の細尾真孝さん、開化堂の八木隆裕さん、竹工芸「公長齋小菅(こうちょうさいこすが)」5代目の小菅達之さん、起源は平安時代にまで遡るという京金網「金網つじ」の辻徹さん、そして木桶を作る「中川木工芸 比良工房」の僕。結成当初はこの5人でしたが、400年の歴史をもつ朝日焼16代目の松林豊斎さんが翌年に合流しました。
当初の目的は、伝統工芸を海外に展開させるということでした。伝統工芸の市場が縮小するなか、バラバラで活動するよりも、まとまって活動したほうが有効なのではないかと考えたわけです。よく言っていたのが、“伝統工芸界のSMAP”になろうと(笑)。僕一人だけちょっと年上でしたが、当時はまだみんな若手で、若旦那衆の集まり的なものだったんですよね。アイドルのように、伝統工芸の職人が子どもの憧れの職業のひとつになってほしいというのが僕らのスタート地点だったんです。いまは伝統工芸がブームになっていますよね。僕らGO ONだけでそのブームを起こしたとは言わないけれど、先駆けとして少しは伝統工芸を引っ張り上げられたのかなと思っています。
伝統工芸の職人が子どもたちの憧れる職業の一つになってほしいと語る中川氏。
GO ONのメンバー同士の関係性はどういう感じなのでしょうか?
細尾真孝さんはプロデューサー、竹工芸の小菅達之さんはディレクターと、GO ONのメンバーにはジャンルも違えば立ち位置も違う、多彩な顔ぶれがそろっていて、いろんな刺激をもらっていますね。実は、僕はGO ONに参加するまではビジネスにはほぼ興味が持てなかったんですね。ですが、会社をどう大きくしていくかといった議論に参加しているうちに、感化されるようになりました。
GO ONのメンバーは仲間であると同時に、ライバルであり、競争相手でもあるんです。誰かが何かしらのアクションを起こすと、他のメンバーも刺激を受けて、「負けてられん!」と何かやりだすんですよ。そうやって互いが互いを高めていく。この成長力はすごい。最初はみんな小粒だったのが、このユニットを組んだことで、それぞれがものすごく成長したと感じます。今では皆世界中で活躍しているメンバーばかりですが、個々の活動をしているだけでは成し遂げられなかったんじゃないかと思いますね。僕自身も他のメンバーの姿を見て、自分の領域を超えて新しいチャレンジをするきっかけとなりました。
最初のころは喧嘩もいっぱいありましたけどね。基本的には後継ぎの集まりなので、みんな気が強いですし、意見もはっきりしています。でもそれが良かったんじゃないかと思いますね。気を遣い合って考えていることを伝えられていなかったら今のようにはなっていないと思うので。今でも、常に議論する時はみんな本気なので、意見が違うと話も遮るし、外から見ている方には喧嘩しているように見えるらしいんですよ(笑)。後から入った松林さんも初めはちょっとびっくりしている様子でしたが、今ではしっかりとディスカッションに参加しています。
他者の目線を持ち込む
GO ONとして行ってこられた活動についても教えていただけますか?
まずは、デンマークのデザイン会社OEOスタジオのクリエイティブディレクター、トーマス・リッケとのコラボレーションですかね。「GO ON」という名前では海外ではわかりにくいということで、海外では“Japan Handmade”という名前で展開することになりました。
最初はアジアでも最高峰のデザイン上海に出展したのですが、あまり反応が芳しくなくて。冷静に考えるとアジアではなくヨーロッパだろうということで、パリのメゾン・エ・オブジェやイタリアのミラノサローネなどに出展したところ、とても好評でしたね。中川木工芸としては、トーマスのデザインで、神代杉とサワラ材の2種類の木材でスツール(Ki-OKE Stool)を制作しました。このスツールは海外で高く評価していただいて、ロンドンのビクトリア&アルバート博物館やパリの装飾芸術美術館に収蔵されるなど、反応が大きかったです。
デンマークのデザイン会社とコラボレーションして生まれたKi-OKE Stool。ミラノサローネに出展されて評判を呼び、ロンドンのビクトリア&アルバート美術館のパーマネントコレクションとなっている。
コラボレーションは海外の方々とされることが多いのでしょうか?
日本の企業ともコラボレーションしています。伝統工芸に可能性を感じたパナソニックから、勉強会をしてほしいと依頼されたのがきっかけで、工芸とテクノロジーの融合に取り組ませていただきました。依頼をいただいてから数カ月に一度、パナソニックの若手のデザインチームとセッションを重ねてるなか、何か一緒に作りたいねという話になったんです。
「未来の豊かなくらし」をテーマに10点のプロトタイプを作り、2016年10月に京町家でお披露目したところ、評判が良くて。それがきっかけで急遽、翌年4月にミラノサローネにこれらの作品を出展しました。急に決まったこともあって準備期間が短くて大変苦労しましたが(笑)、面白いプロジェクトでしたね。
未来の家電といっても、空を飛ぶような未来的な形のものではなく、豊かさを考えたんですよ。たとえば冷蔵庫。原点に戻って、井戸水で冷やすということをテクノロジーでできたら未来っぽくなるんじゃないかと。コードが見えていると、デザイン的にもかっこよくないですからコードなしでできる方法としてIH技術をどう活用できるかを考えましてね。トマトを木桶に入れて、パナソニックのIHの非接触給電を使って水を冷やして水流を回転させる。そんな作品が生まれました。
氷の代わりにステンレスの粒を冷やしてボトルを冷やす木桶クーラーや、開花堂の茶筒を使って蓋の開け閉めとオン・オフが連動したスピーカー、底に銀を焼き付ける伝統的な銀彩を活用し、IHで熱すると銀が発熱してお茶に最適な60度の湯を沸かす朝日焼の湯盤、バッテリーを内蔵し、持ち上げると熱源が作動しアロマを温める金網つじの香炉なんかもできましたね。
見えている部分は、素材もテクノロジーとは紐づかない伝統工芸品だけ。しかし、スマートな実用性がある。テクノロジーを前面に出すのではなく、テクノロジーを隠すことで技術がより際立つのではないかという演出です。
パナソニックとのコラボレーションで生まれた中川木工芸の木桶のクーラー。IH非接触給電でステンレスの粒を冷やしてボトルを冷やす仕組みだ。(Panasonic Design)
来場者の反応はいかがでしたか。
すごかったですよ。僕らの展示室は地下にあったので最初の1、2日は来場者が少なく空いていたのですが、口コミで広がって、徐々に人が増えていったんです。最後には500人待ちの列ができたほどです。「相対する伝統工芸と最先端のテクノロジーを混ぜ合わせることができるのは日本人ならでは」といったような反響をたくさんいただきました。西洋では白か黒か、新しいか古いか、と相反する二項対立の考え方が主流ですが、日本人は異なるものを一つに合わせる二項同体が得意だからこういうことができる、っていう反応でしたね。ベストストーリーテリング賞という賞も受賞しました。
GO ONというひとつの塊になって活動することで、伝統工芸の世界観を表現できたというのも大きかったと思います。僕だけで展示をしていると、木工や木桶という点に注目が当たっても、伝統工芸という日本が昔から大切にしてきた領域全体を包括するのは難しい。でも、GO ONでまとまると自然と伝統工芸を表現できる。また、伝統工芸の入り口がたくさんできたという点も大きいですね。陶器には興味があるけれど木桶に興味がないというお客さんにも、木桶が面白いと言ってもらえることがあったり。その逆もありますよね。
伝統工芸のどのような点が海外から評価されていると思われますか。
技術としても日本の伝統工芸のクオリティはとても高いです。にもかかわらず、日本国内では伝統工芸界のマーケットがガラパゴス化して、正当な評価がされにくいと感じています。「懐かしい、昔あったよね」という感想なんですよ。ノスタルジーが悪いわけではないのですが、海外の展示会では、デザインにしても技術にしても、ポジティブな反応で受け止めていただいているように思います。
ロエベ財団が開催する「クラフトプライズ」は、クラフトマンシップをもつ作家に授与される賞ですが、2017年に行われた第1回では、75カ国の4000近い応募の中から選ばれたファイナリストが26人。そのうちの3人が日本人で、僕も選出していただきました。ファイナリストに選ばれる日本人は回を重ねるごとに増え、第7回目となる2024年はファイナリスト30人のうち6人が日本人でした。日本人のレベルが上がってきたということではありません。以前は海外向けの発信ができておらず知られていなかったんです。
GO ONが先駆けて海外へ展開していった際、僕らにしたら当たり前の技術が驚きと称賛をもって迎えられました。他者の目線を持ち込むことで当たり前だったことに価値があると気付かされる。僕もですが、みんなも刺激を受けたと思います。
GO ONも、デザイナーとのコラボも、海外での作品発表も、すべてが他者の目線を持ち込む取り組みなんですよね。新しい目線からの気付きは自己発見にも繋がっていきます。海外へ目を向ける工芸の人たちが増えつつある現在の状況は、いいことだと感じています。
GO ONという集合体で活動することで、伝統工芸全体の世界観が表現できたと中川氏は語る。
職人の勘や経験を言語化する工芸思考の試み
ご自身がGO ONのメンバーに与えられた影響はどのようなことだと思いますか。
僕が彼らに影響を与えたことがあるとすれば、哲学や思想についてですかね。美大で現代美術を勉強したこともあってか哲学や思想が好きなので、メンバーにもよく話をしていました。そのひとつが「工芸思考」で、職人の勘や経験則といった言語にできない、あるいは言語にしてこなかったものを言語化し、思想にしていく取り組みです。最初はみんなポカンとしていて、ほとんどリアクションがなかったのですが(笑)、だんだんと思想といったものを創り上げていく環境になってきたと思います。それが僕の与えた影響のひとつかなと。今、日本だけでなく海外でも工芸がブームになっています。ロエベ財団のクラフトプライズしかり、ロンドンのクラフトウィークしかり。メゾン・エ・オブジェでも数年前からクラフトのカテゴリーができて、一番人気があるそうです。この状況を一時的なブームで終わらせないために、工芸を思想や哲学で下支えしていく必要があると考えています。
GO ONとして「工芸思考」について何か活動をされているのでしょうか?
現在、同志社大学のビジネススクールの崔裕眞教授と連携して、手から手へ受け継がれてきた工芸思考を探究するカリキュラムを準備しています。カリキュラム自体は2025年4月から始まる予定です。ここ数年はみんな忙しくなってなかなか顔を合わせる機会がなかったのですが、カリキュラム作りのために毎月集まって、久しぶりに白熱した議論を交わしました。2024年12月には全員で、プレ授業となる公開セミナーも行いました。4月からの授業はそれぞれが単独で違うテーマで授業を行う予定ですが、必要に応じて複数で行う形になるでしょう。
このカリキュラムを通して、職人のもつ暗黙知が、この社会や人間にとってどういう影響を与えるかを見える化し、それが社会にどういう役割を与えることができるのかということを考えていくわけですが、GO ON結成から12年、GO ONメンバーにとっても、我々が辿ってきた軌跡を振り返る良い機会になっていると思います。
ビジネスに伝統工芸の目線を持ち込むという試みになるというわけですね?
そうです。伝統工芸は他者の目線を持ち込むということを試してみるには、わかりやすくていいと思うんですよ。西陣織から木工を見るとか、木工の目から西陣織を見るといったことをすると、関係者にとっては価値がないと思っていたことが、いやいやそこに価値があるんだよ、と互いに言い合える。そういう他者の目線をいかに自己の中に取り込めるかが大事になります。
最後に、この取り組みを通してGO ONとして期待されていることも教えてください。
授業をすることで期待しているのは、生徒さんたちの中に「共犯者」を見つけ出すことです。このカリキュラムは、僕らが何か結果を伝えるのではなく、むしろ受講者の方々が自己のなかに新しい思考、工芸思考を入れることを試す場です。そこからどんな変化をさせていくかはそれぞれ次第です。だから、その過程で僕たちが話すことに対して反対の意見があってもいいんですよ。むしろ面白いと思います。そこでディスカッションをしていくことでまた違った化学反応を起こして新しい何かが生まれる。
これまでGO ONのメンバーがプロジェクトに取り組む際にやってきたことを、授業の中でリアルにやってみる。そうすることで、参加する人たちにとってもすごく面白いものが生まれるのではないかと楽しみにしています。職人の持つ暗黙知という目線を社会の中に取り込むことで、今まで思っても見なかった可能性を見つけていく、その仲間たちを見つけ出すことに繋がると思っていますね。
■プロフィール
中川周士(なかがわ しゅうじ)
中川木工芸 比良工房 主宰
1968年京都生まれ。木桶作りを家業とする家の3代目として生まれ、幼い頃より工房で木工に親しむ。京都精華大学芸術学部を卒業後、中川木工芸にて父の中川清司氏(重要無形文化財保持者)に師事。2003年、滋賀県大津市に自身の工房、中川木工芸 比良工房を開く。2010年、ドンペリニヨンとのコラボレーションでシャンパンクーラーを制作して話題に。2017年には第1回ロエベクラフトプライズにて4000人近い応募の中から26人のファイナリストとなる。京都の伝統工芸を担う若手後継者ユニット「GO ON(ゴオン)」のメンバーとしても活動中。
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■スタッフクレジット
取材・文:脇本暁子 写真:蛭子 真 編集:Pen編集部