世界のみならず、日本でも勢いを増すスタートアップ・ビジネスのトレンドが「SaaS」です。SaaSは“Software as a Service”の略で、「サース」や「サーズ」と呼びます。インターネット経由で必要なサービスのみを使えるようにした事業体であり、その多くはユーザーと定期契約を結んで収益性を確保し、爆発的な成長を続ける姿が評価されています。
中には「設立10年以内、時価総額10億ドル(約1100億円)以上の非上場スタートアップ」を指す「ユニコーン企業」も誕生。この呼び名は2013年にアメリカのメディア「Techcrunch」にて公開された記事に端を発するといわれます。当時のベンチャーキャピタルが投資していた米国企業のうち、わずか0.07%に属する一部のITスタートアップの存在を、その希少性から幻の生き物であるユニコーンに喩えたものです。
勢いを増すSaaSだけでなく、多くのスタートアップや投資家がユニコーン企業を誕生させるべく、事業成長へ飽くなき追求を進めています。一方で、世界にはまた異なる動きが起きているのです。それこそが、今回から取り上げる「Zebras」です。
日本では、「ゼブラ企業」と呼ばれています。
「持続可能性」と「収益性」を両立させる
ゼブラ企業は、ユニコーン企業に続く、新たな企業像の概念として注目を集めています。ユニコーン企業への過度な期待や過剰な資源供給に対する考え方として、2016年にアメリカ西海岸で提唱され始めました。中心になって提唱しているのは、公共ラジオの記者から起業家に転向したジェニファー・ブランデル氏とマラ・ゼペダ氏に加え、アストリッド・ショルツ氏、アニヤ・ウィリアムズ氏という4人の女性起業家が、2017年に設立した「Zebras Unite」というコミュニティです。
Zebras Uniteはアメリカ、イギリス、日本をはじめとした約30の国に支部ができ、起業家や投資家、支援者を含めた20,000人以上のコミュニティとなっています。現在は学術機関や投資機関との提携、コミュニティ活動を通して、新たな経済活動のあり方を探っています。
彼女たちは「現在のテクノロジーとベンチャーキャピタルの構造は壊れている」と話します。ユニコーン企業のビジネスは「質よりも量、創造よりも消費、持続可能な成長よりも迅速な撤退、繁栄の共有よりも株主の利益に報いるもの」であり、民主主義そのものを脅かす存在だと指摘。たとえば、「究極のユニコーン」の一つであったFacebookは、大統領選挙中にフェイクニュースの問題を拡散する主戦場となり、またUberは従業員の就労や賃金といった問題を引き起こしました。すべてのスタートアップが必ずしも問題を起こすわけでは当然ありませんが、収益性を強化し、成長を急ぐあまりに道を誤る例も散見されます。
そこでZebras Uniteは、従来のスタートアップが取るビジネスモデルだけではない、他の手段を開発することが「私たちの時代の中心的な道徳的課題になる」と考えました。つまり、利益と目的のバランスを取り、民主主義を擁護し、権力と資源の共有を重視する方法です。そして、それに資する企業こそが、より良い社会を作ることに寄与できると信じたのです。
ゼブラ企業は「持続可能性」と「収益性」という相反するような目標を両立することから、白黒のシマ模様を持つ「ゼブラ(シマウマ)」に例えられたことが、その名の由来です。また、空想上のユニコーンと比較して、現実に存在し、グループで互いを支え合う生き物であることもメタファーの一つとなっています。
SDGsやジェンダーとも絡み合う
ゼブラ企業の着眼点にはジェンダーの問題も関係します。Zebras Uniteによれば、ベンチャーキャピタル業界全体と比較して、世界におけるゼブラ企業は、女性あるいはその他の過小評価されている人々によって設立されているケースが多いといいます。また、それらの企業で働く女性は、男性だけで構成されるチームよりも長期にわたってチームに参加しているという調査結果も発表。女性がさらに社会で活躍を考えるうえでも、見過ごせない姿の一つでもあるのです。
世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数で、日本の順位は2021年は156か国中120位と低く、その是正が官民合わせて求められているのが現状。その道の先を考えるためにも、ゼブラ企業の有り様に目を向けることは、新しい打ち手の一つともいえるはずです。
何よりも、ゼブラ企業を構成する「持続可能性」といえば、世界を包む共通目標のSDGsにおいても重視される観点であり、あらゆる国や企業が直面する課題です。そのため、これからの企業は一定でゼブラ企業のような志向を持たざるを得ないともいえ、今後は日本企業でもより注力されていくと目されています。また、この観点で評価すれば、すでに従来の成長モデルとも異なる企業像が存在し、支持される未来も見えてきます。
Zebras & Company共同創業者の3名
日本でもZebras Uniteの活動や考えに共感し、2019年にTokyo Zebras Uniteという団体が立ち上がりました。Zebrasの翻訳語として「ゼブラ企業」を発明し、その啓蒙や浸透に邁進。2021年には株式会社へと発展し、Zebras & Company(ゼブラ アンド カンパニー)を設立。啓蒙だけではなく、ゼブラ企業への投資や経営支援、行政・金融機関との連携、知見の体系化や浸透といった活動を通じて、「ゼブラ経営」の社会実装を目指しています。
同社の共同創業者・阿座上陽平氏は、ゼブラ企業へ自社から投資するだけではなく、地方銀行や信用組合、信用金庫などを通じ、特定地域を活性化させるための金融活動全般を指す「地域金融」の連動性といったポイントについても考えを巡らせます。一過性の成長志向だけではない、“成長可能性”の見直しを含めて、今後の日本における新たな投資モデルや事業創出の形として、「投資」を捉え直していくことの重要性も説きます。
後編では、前述の阿座上氏がいかにZebrasと出会い、会社設立や活動に携わるようになっていったのか。また、日本の現状と未来について、現在の考えをインタビューしました。
■スタッフクレジット
コンデナスト・ジャパン
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