場所や時間、仕事の内容を自分で選べる。裁量と柔軟性がフリーランスの魅力
まずは、フリーランスの現状や、コロナ禍以降の変化について教えてください。
2020年春の内閣官房の調査によると、フリーランスは462万人。その後はまだ調査がされていませんので正確な数字は分かりませんが、コロナ禍を経て、おそらく人数は増えているのではないかと思います。
フリーランスの定義は学術的に定まったものはありません。フリーランス協会では、特定の組織や団体に所属せず、ご自身の専門知識やスキルを使って対価を得ている人と定義しています。その中には個人事業主の方もいれば、1人社長のような形で法人化している方、会社員として組織に所属しながらも業務時間外に業務委託で副業をする方も含めています。一番の違いは雇用されているかどうかであり、雇用外の場合、社会保険や労働関連法の適用外になります。
私たちが毎年実態調査をしてその結果を発表している「フリーランス白書」(外部サイトに移動します)によると、コロナ禍以降の変化としては、仕事を探すのにエージェントを利用する人が増えています。それまで人脈を広げる場だった飲み会がなくなり新たな出会いの機会が減ってしまったことや、新たに独立する方が増えている影響があるのではないかと考えています。エージェントとは、人材紹介のエージェントに近いもので、エージェント担当者がフリーランスと面談をして経験やスキルを聞いた上で、企業のニーズに合わせてマッチングや、価格交渉、契約交渉を行い、成立した仕事の報酬の中から手数料を受け取る仕組みです。エージェント利用者は今全体の20%強になっています。
フリーランスの働き方のメリットはどんなところにありますか。
多くの方がフリーランスになった理由として挙げるのが「自分の裁量で仕事ができる」ことです。自分の好きな場所や時間を選べることで子育てや介護、ご自身の健康状態との両立も可能になります。今は目指したいライフスタイルや求める幸せの形も多様化していますので、フリーランスの働き方によって自分のありたい姿を実現できる可能性が高くなります。
裁量という意味では、時間と場所以外に誰と仕事をするかも自分で決めることができます。何を専門にして、誰とどんな仕事をしていくのか、自分の人生の手綱を自分で握ることができます。もちろん、会社員でもキャリア自律は可能ですし、フリーランスが全員にとって最適な働き方というわけではありません。自由である一方で、フリーランスは自分の仕事の価格を自分で値付けする厳しさもあります。
場所と時間を選ばない働き方という意味では、地方に移住する方も多くなっているように感じます。地方創生にも貢献できる働き方と言えそうですね。
実は私自身、コロナ禍をきっかけに神奈川県の逗子に移住しました。場所にとらわれずに働けるのはフリーランスの特権だと思います。フリーランス協会でも、2017年からワーケーションや多拠点居住を提唱してきました。企業でもテレワークが進み、打ち合わせがリモートでできるようになったこともフリーランスの移住の後押しになっています。自治体もワーケーションに力を入れており、コワーキングスペースの利用に補助金を出すような自治体もあります。
ただし、高校卒業まで育った地元にUターンするにしても、社会人としてそこで働いた経験がなければ、イチから仕事の人脈を作る必要があります。いきなり移住するよりは、まずはその土地で業務委託や副業として始めて少しずつ準備を進める方がうまくいくと思います。
コロナ禍以降、地方企業や地方創生への関心が高まっているフリーランス。柔軟性の高い働き方だからこそ地方創生に貢献する可能性がある。地方企業の人手不足に寄与することも考えられる(「フリーランス白書2023」より抜粋)
企業はイノベーションの源泉として、フリーランスを通して外部のスキルや視点を加えてほしい
次に企業側の視点になって考えていきたいのですが、まずは、企業がフリーランスと協業するメリットについて教えてください。
企業のメリットとしては、一番はやはり即戦力の人材と仕事ができる点です。人材不足は不可逆なトレンドなので、今後企業が必要な人材を採用することはどんどん難しくなっていきます。優秀な人材が見つかっても、採用するには収入面で折り合いがつかないこともあるでしょう。必要な業務やプロジェクトだけをフリーランスにお願いする形であれば、引き受けてくれる可能性が高くなります。フリーランスの方も自分の専門性を発揮できる仕事がしたいと考えているので、自分の能力によって貢献できるのは喜びであり、双方にメリットがあると思います。
また、同質性の高い社員たちの中に、違う視点が入るのも、企業にとってはイノベーションの源泉になると思います。フリーランスには様々な企業と協業した経験がある人が多いですから、フラットな視点で物事を捉えたり、よりよいやり方を知っていたりする可能性もあります。
多くのメリットがある一方で、企業がフリーランスと仕事をする際に注意すべき点はどんなことでしょうか。
まず、企業の皆さんには自己開示を心掛けてほしいと思います。ジョブベースの依頼であっても、ただ「この仕事をしてくれ」とタスクベースで伝えるだけでなく、その業務の背景にある経営課題や目指すべき方向性など、上流の話を丁寧にした方がフリーランスも真のパフォーマンスを発揮しやすくなります。また、変に先生扱いをしたり、逆に下請け扱いしても良い関係性は構築できません。チームの一員として迎え入れ、お互いにリスペクトする姿勢や、コミュニケーションを惜しまないことが大事です。
また、残念ながらフリーランスとの協業中にはアウトプットが望むレベルに満たなかったり、納期を守らない、途中で逃げてしまうというようなトラブルも稀に起こってしまうことがあります。最初に秘密保持や金額、納期などの契約条件を双方で参照可能な形で明示することが大前提ですが、スキルだけでなく相性もあるので、まずは小さな仕事からお願いして、信頼関係を築いてから大きな仕事に移っていく。そうして段階的に仕事をお願いしていくことをお勧めしています。相手が信頼できるかどうかは、ある程度企業側の「目利き」によってしまいますので、フリーランスマッチングのエージェントを活用してスクリーニングをかけることも、企業にとっては安心材料になると思います。そうしたフリーランスの仲介業者は多数あり、サービスごとの得手不得手やビジネスモデルの違いが判別しづらいのですが、当協会が提供している「求人ステーション」というサービスにご相談いただければ、企業様ごとのニーズに沿った求人方法や適切なエージェントサービスをご案内できます。
求人ステーションKOBEのセミナー。企業が抱える人材不足の悩みを聞き、希望に沿った認定人材会社を紹介。フリーランスや兼業・副業人材について、複数の人材会社から提案がもらえる
また、フリーランスの方が賠償責任保険に入っていることが、発注者側にとっての安心材料になることもあります。例えばフリーランス協会の賠償責任保険では、依頼したデザイナーの制作したロゴが著作権侵害で訴えられた場合、発注者の賠責もカバーできるようになっていますので、加入の有無を確認してみると良いかもしれません。
フリーランスの環境を改善するため、現場の声を集め政策提言し、交流の場をつくる
2017年にフリーランス協会を立ち上げられました。設立の経緯や具体的な活動内容について教えていただけますか。
私自身、15年近く広報を専門にしたフリーランスとして仕事をしています。フリーランスになったのは、柔軟な働き方や仕事の内容を自分の意志で決められることに魅力を感じたからです。しかし、フリーランスになった後で妊娠・出産を経験し、子どもを保育園に預けるときなどに会社員と同じだけのセーフティネットがないことも痛感しました。自分1人だけであれば、自分の意志で選んだ働き方だからとその現状を受け入れていたのですが、少しずつ周囲から「フリーランスになりたい」という相談を受けるようになったときに、自信を持って背中を押してあげることができず、もどかしさを感じました。今後、働き方の多様性が広がり企業と個人の関係性が変わっていく中で、それに合わせて社会の仕組みもアップデートしていかなければならないと思い、勝手な使命感から非営利団体としてフリーランス協会を立ち上げました。
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会 代表理事 平田麻莉氏
協会では「誰もが自律的なキャリアを築ける世の中へ」というビジョンを掲げ、当事者の声を集めてそこから出てきた課題に対して政策提言をしています。「フリーランス」と一言で言っても、バックグラウンドもワークスタイルも様々です。インフラを整えていく中で、取りこぼしている声があってはいけないと考え、多様性をしっかり可視化し、フリーランスの課題やニーズを社会に問題提起していきたいと考えています。
また、フリーランスの方に活躍の場を広げていただくために、企業に向けた啓発活動や、自治体と組んでワーケーション推進などの活動も行っています。
フリーランス協会でフリーランスの方々の生の声を集められる際に対象となる方は、何人くらいいるのでしょうか。
サブスクリプションの有料会員が約1万6000人いるほか、無料会員やSNSフォロワーもふくめると、私たちの調査票が届いている総数は10万人ほどになります。より多くの声を集めるためには調査票を届ける人を増やしていく必要があります。そのため、多くの方のお役に立てるよう「ベネフィットプラン」という福利厚生を提供し、有料会員の方々に、納品物の瑕疵や物損などがあった際の賠償責任保険や、報酬の未払いなどの問題が起こった際の弁護士費用保険、そのほか労災や傷病手当に変わるような所得補償の保険を提供しています。今年追加されたzoomの優待は、本来の個人プランよりかなり安い上に大胆なアップグレードもできるので、SNSでも話題になっていました。ベネフィットプランを一緒に開発、サービス提供いただいている法人会員は今220社強あります。
また、無料会員の方にも使っていただけるコワーキングスペースやモバイルWi-Fiの優待、オンライン学習プラットフォームの利用提供なども行っています。さらに、フリーランスのニーズや興味関心に合わせて、毎月1~3本のセミナーや交流イベントも開いており、価格交渉や営業戦略、文章力やプロデュース力向上など、フリーランスとしてパワーアップするために必要なスキルや考え方を講師から学ぶ「Independent Power Fes」は2023年で2回目、コロナ禍を経て4年ぶりの開催となります。
フリーランスを全力で応援するカンファレンス「Independent Power Fes 2023」を、2023年11月1日(水)に東京・渋谷で開催。ワークショップやセッション講座を通じて、プロフェッショナルとして生き抜くためのスキルや心構えを学び、多様な職種のフリーランス同士が出会う場とする
当事者の声から出てきた課題に対して政策提言をされているとのことですが、どういったものがあるのでしょうか。
大きなものでは、2023年4月に法案成立したフリーランス新法があります。これは2017年から働きかけをして、ようやく成立にこぎつけました。例えば、納品から60日以内に入金する、契約条件を明示するなど、フリーランスと企業の取引を適正化する内容が盛り込まれた法律です。契約トラブルを無くしていく意味で非常に重要な法律になります。
また、2023年10月から導入された「インボイス(適格請求書)」制度においても、小規模事業者向けの軽減措置「2割特例」は、当協会の会員の皆さんからお預かりした声を踏まえて検討されたと聞いています。
そのほか、コロナ禍における持続化給付金やベビーシッター助成なども、突然収入を絶たれたフリーランスからの悲鳴ともいえる声をタイムリーに政府に共有することで、制度設計の後押しができました。
情報収集や困ったときに相談できるコミュニティがフリーランスの方々のセーフティネットにつながるかと思います。フリーランス協会のコミュニティとしての役割について教えてください。
まず、オウンドメディアで様々な情報発信をしています。例えば、価格交渉や値上げ交渉など、フリーランスの方の悩みに対する情報は反響が大きかったですね。税務や法務については定期的にセミナーを実施してサポートしています。
コロナ禍では中止していたリアルイベントも、徐々に再開しています。「スナック曲がり角」は、会員の皆さんの人生の紆余曲折をつまみにお酒を飲もうという趣旨の集まりです。今年は神戸、福岡、大阪、徳島、仙台、沖縄など地方でも開催しています。
2023年10月18日に徳島で開催された「スナック曲がり角」。地域×人×スキルによって新たなネットワークづくりを目指す徳島の地域コミュニティ「アドリブ大学」と連携し、フリーランス同士の交流の場を盛り上げた
最後にフリーランスの方々に向けてメッセージをお願いします。
フリーランスこそ業種を問わず仲間が必要だと思っています。そのため、協会では自分のキャリアの幅を広げること、1人では対応できないことをチームで対応し切磋琢磨していく、お互いに高め合うことができる場を提供していきたいと考えています。
コロナ禍を経て、働き方の多様性を受け入れる機運はかなり高まってきていると感じています。独立心旺盛で意欲のある方がフリーランスとして活動することで、実力をさらに磨きキャリアを発展させていく。そういった方が安心して仕事に取り組めるよう、私たちはインフラや法制度の整備、情報発信や場づくりで支援していきます。
■プロフィール
平田麻莉(ひらた・まり)
慶應義塾大学総合政策学部在学中にPR会社ビルコムの創業期に参画。リンクアンドモチベーション、リクルートスタッフィング、インテリジェンス(現パーソルキャリア)等の広報経験を通じて企業と個人の関係性に対する関心を深める。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院への交換留学を経て、2011年に慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。同大学ビジネス・スクール委員長室で広報・国際連携を担いつつ、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程で学生と職員の二足の草鞋を履く(出産を機に退学)。現在はフリーランスで広報や出版、ケースメソッド教材制作を行う傍ら、2017年1月にプロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会設立。プロボノの社会活動として、政策提言を始めとする8つのプロジェクト活動、フリーランス向けベネフィットプランの提供などを行い、新しい働き方のムーブメントづくりと環境整備に情熱を注ぐ。政府検討会の委員・有識者経験多数。日本ビジネススクール・ケース・コンペティション(JBCC)発起人、初代実行委員長。パワーママプロジェクト「ワーママ・オブ・ザ・イヤー2015」、日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2020」受賞。
一般社団法人プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会(外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:日経BPコンサルティング