言語の壁のない世界を実現する――時代のニーズに応じた翻訳サービスを提供
まずはフリットジャパンについて、教えていただけますか。
フリットジャパンは2018年に設立されたのですが、2012年に韓国で創業し2019年に上場したスタートアップ企業、フリットの日本法人です。フリットは創業時からクラウドソーシング翻訳サービス「Flitto」を軸にビジネスを展開しており、現在、世界173カ国で1200万人以上のユーザーにご利用いただいており、登録している翻訳家は300万人を超えています。
翻訳者による翻訳の重要性を理解しつつも、世の中のAI化や機械翻訳が進むトレンドの変化を捉え、2014年からはCtoCのトランザクション(商取引)で生まれた言語データを、オンラインチャットボットを開発している企業などに販売するビジネスも展開しています。「カンバセーションAI」と呼ばれる音声認識システム、自動翻訳システムなどのAI機能の精度向上のために、言語データを収集・加工し提供するビジネスで、このAIデータの提供による売り上げが全体の8割ほどになっています。
言語に特化したクラウドソーシングプラットフォーム「Flitto」。
フリットならではの強みがあるのでしょうか。
「アーケード」というユーザー参加型のサービスを通じて、オンラインで大量の言語データを収集し、評価・編集できることが強みになっています。参加したユーザーにはポイントが付与されるため、ポイ活のようなイメージでユーザーの皆様には参加していただいています。一方で依頼側は、弊社のプロジェクトマネージャーを通じて、集めたい言語データの詳細なガイドラインを作成することで、適切なデータを迅速に低価格で収集・編集できるのが特徴です。
特にコロナ禍が追い風となり、我々が持つ、オンラインでユーザーが参加できるプラットフォームのニーズが高まりました。一般的なクラウドソーシングプラットフォームが汎用的であるのに対し、フリットには言語のプロが集まっており、言語データの収集に長けている機能があるなど言語に特化していることが差別化のポイントになっています。
フリットジャパンに携わるようになった経緯を教えてください。
私は2019年から代表取締役であると同時に、グループでは「カントリーマネージャー」という立場で日本の市場を任されています。
話は少し遡りますが、大学時代に大企業を中心に就職活動をした際、企業の人事担当者と話していく中で、自分が働くイメージが湧きませんでした。進路が決まらずにいたある日、趣味のサーフィンのため車で海へ向かっていた時に、マウンテンバイクの故障でヒッチハイクをしていたイギリス人と偶然出会い、手助けをしました。その彼がCEOを務めていたことから、イギリス本社の金融系ベンチャー企業に就職することになり、イギリスの金融商品を日本の証券会社に卸す業務を担当しました。海外の商品を日本に展開する経験から、この先も自分自身が本気で世の中に必要だと感じる海外の良い製品を日本市場に届けたいと思っていました。また、日本がガラパゴス化しないように、グローバルに活躍できる人材を創出できるようなサービスに携わりたいと考えていました。
2019年に独立してフリーランスになったときに、様々な海外製品を調べる中で、フリットと出合いました。「言語の壁のない世界を実現する」というビジョンに共感したのが、ジョインした一番の理由です。代表に就任してからは、スピーディーに意思決定しクライアントに価値を提供するため、国内での市場開拓に力を入れていきました。今、フリットジャパンの本社依存率は売り上げの1%以下で、ほとんどが日本独自で開拓した市場となっています。
仕事をする上での醍醐味は、どういったところに感じていますか。
分からないことに巡り合える、ワクワク感でしょうか(笑)。言語を扱う仕事に携わることになって、言語の世界を垣間見てしまったんですね。
人間が当たり前のように話してコミュニケーションをとっている言葉を「自然言語」と言いますが、日本語ひとつとっても膨大な歴史があります。また我々の仕事は、機械翻訳のためにAIが分析・解析するための大量のテキストデータ、つまり自然言語を集めることでもあります。
ChatGPTやGoogle翻訳などをイメージしていただくと分かりやすいかと思うのですが、最近では自然言語処理の進化で、要約や翻訳などの精度がとても高まってきています。自然言語処理は世界中で研究されている先端分野で、私はエンジニアではないですから、ちょっと知ったつもりになっても分からないことが後から後から湧いてくる。でも、分からないからこそ、今後の可能性も含めて日々魅了されています。
働き方や報酬体系を柔軟に設計しメンバーの人間力を最大限に発揮
フリットには言語のプロが集まっているとのことですが、フリットジャパンとしての規模はどのくらいで、日々、どのようにプロジェクトを進行しているのでしょうか。
フリットジャパンの正社員は17人です。まずプロジェクトごとに正社員がプロジェクトマネージャーにアサインされます。そこにプロジェクトマネジメントのスキルを持つ副業メンバーが入ってチームを作り、プロジェクトを進行していきます。1つのプロジェクトに少なくとも100人が参加します。
副業として参加するメンバーは様々な言語に対応するため、欧米やアジア各国から参加しており、時差も活用しながら効率良く働いています。基本的にジョブ型で求めるスキルを明確にしているため、報酬体系も時給ではなくフレキシブルに設計しています。
働き方や報酬体系を柔軟にしているのは、優秀な人材を逃さないためでもあります。実は、創業初期に採用した社員の中には、当時韓国の学校に通いながらオンラインで仕事をする人もいました。時短勤務、かつフルオンラインのみという雇用形態で採用したのですが、今は執行役員になっています。「フルタイム勤務必須」などと制限をつけていたらこのように活躍してくれる人材を採用できていなかったと思います。
フリットジャパンでは副業や時短勤務など柔軟な働き方をするメンバーが世界中からプロジェクトに参加している。
1つのプロジェクトに少なくとも100人が参加するとのことですが、プロジェクトを進める上で工夫している点はありますか。
できるだけ、コミュニケーションコストを少なくするように工夫しています。例えば、ユーザーから届いた録音データが、雑音が多かったり音声のボリュームが小さかったりして翻訳できる要件を満たしていない場合、ユーザーがシステムにログインしてデータをアップした時点で自動的にはじかれるような仕組みになっています。担当者が1つ1つデータを判断してユーザーとやりとりする必要はありません。
プロジェクトを遂行する上で最も必要なスキルは、対応力や適応力です。効率化してマニュアル通りにプロジェクトを回そうとしてもうまくいきません。システムによって最大限効率化している分、メンバーには人間力を発揮してほしいと期待しています。
リーダーがメンバーの力を信じて任せることで変化に強い組織に
今後、AIがますます進化していく中で、翻訳を取り巻く環境はどのように変化していくと考えていますか。
翻訳という行為が今後どんどんAIに代替されていく中で、翻訳者が翻訳することだけを事業の軸にしてしまうと、時代にマッチしなくなると思っています。ただ、言語の変換だけでは、コミュニケーションはとれません。お互いの文化を踏まえて人と人が直接会話することでコミュニケーションは円滑に進み、信頼関係は構築されます。翻訳もコミュニケーションの手段の1つです。AIと人、つまり翻訳者のハイブリッドで運用していくことが求められると考えています。
翻訳者が行う翻訳のニーズとなると考えるのは、「業界特化型」と「コミュニケーション」の2つです。ニーズの高い業界を見極め、サービスを展開するために、業界特化型に関しては、我々はエンタメ業界に注目しています。例えば漫画を翻訳する場合、日本語は主語を省くケースが多いため、AIではまだ十分な翻訳ができず、人が介在する必要があるからです。
お伝えした通り翻訳もコミュニケーションの手段の1つですので、コミュニケーションが発生する領域すべてが我々の対象マーケットになります。言語は1カ国1言語に留まりません。方言にも対応していくことにビジネスチャンスがあると考えています。
最後に、今後の展望をお聞かせください。
フリットジャパンとしては、今抱えている課題を1つ1つ解決し、日本で信頼を得られる体制作りを進めていきます。また、我々で事業成長の枠組みを作り上げ、今後新たに事業を展開する国において役立てられるようにすることも必要だと考えています。
私自身としては、これからも常に「現場主義」でありたいと思っています。あくまでも現場で働く人が主役であり、社員たちが活躍できるような環境作りをするのが、私の役割です。変化の激しい時代に、リーダー1人の力で組織を引っ張るのは限界があります。リーダーがメンバーの力を信じて任せ、それによって現場の1人1人が力を高めることで、変化に柔軟に対応できる強い組織になれるのではないでしょうか。
リーダーはやはり背中を見せて、経験をシェアしていく必要があると考えています。その経験が、これから経営に挑戦する人や今悩んでいる人のヒントにもなるのではないかと感じています。私自身、社会人になって東日本大震災やコロナ禍に直面しました。不確実性は高まっており、未来は誰にも分かりません。世の中や政治の動きに委ねていると、前に進めなくなってしまうこともあるかと思います。私が過去の大変だったこともすぐ忘れてしまう性格というのもあるかもしれませんが、経営者はどんな状況でもまずは自ら一歩を踏み出して行動し、結果を出し続けることが大切だと信じています。それがどんな結果になっても、自分で判断して行動したことであれば、自信につながるはずですから。
■プロフィール
冨山亮太(とみやま・りょうた)
フリットジャパン株式会社 代表取締役
2012年に外資系金融機関にて日本人1人という環境の中で働き、世界に視野を向けたビジネスに魅力を感じる。東京を拠点としたベンチャー企業、LIFE STYLE株式会社の立ち上げ期に携わり、2014年にベンチャー企業の立ち上げに携わった後、取締役に就任。2019年に韓国に本社を置くスタートアップ企業フリットの日本支社長に就任した。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:日経BPコンサルティング