運動習慣を身につけることは、ビジネスを持続させるための有効な投資
「運動したほうがいいとは思っても行動に起こせない」人が多いのが現状です。現代人、ひいては経営者にとって運動が必要な理由を教えてください。
一言でいえば健康維持に欠かせないものだからです。肥満などによる生活習慣病を予防したり、体を動かすために必要な筋肉の衰えを防いだり。体を動かすことでさまざまな不調を予防できるからこそ、ドクターも運動を推奨するわけです。ちなみに海外では、長時間座り続けることは、喫煙と同等の健康被害を及ぼすものであると問題視する声が上がっています。
現に私が健康アドバイザーを請け負っている企業でも、テレワークの導入で体を動かす機会が減った影響からか、人間ドックに引っかかる方が多くなったと感じています。たとえば、20代で糖尿病やその予備軍と診断されたり、加齢や筋力の衰えが原因で起こる変形性膝関節症を発症してしまったり…。体の健康だけでなく、うつ病などメンタル面での不調を訴える方も増えました。
心身の健康を損ねることは経営者にとっても死活問題です。健康でなければビジネスを回すことはもちろん、通常業務の遂行すらできなくなりますから。特に中小企業の経営者には「自分が倒れたら会社が終わる」という危機感を感じている方が多く、「ちゃんと健康管理をしなければいけない」という意識が強い傾向にあるようです。私が経営するパーソナルジム『スポーツモチベーションCLUB100』(外部サイトに移動します)でも、ここ5年くらいで会社を経営する方の入会が顕著に増えているんですが、これもその表れではないでしょうか。
中野ジェームズ修一氏。フィジカルトレーナー、株式会社スポーツモチベーション取締役。東京都神楽坂・会員制パーソナルトレーニング施設「CLUB100」最高技術責任者
忙しい経営者の方々がトレーニングを始められた理由が気になります。運動が心身に与える効果について詳しくお聞かせください。
まず、心肺機能が向上することで血液の巡りが良くなり、頭や体がスッキリします。それから、運動不足による肥満傾向の改善。増加した内臓脂肪を減らして生活習慣病予防につなげたり、体の重みによる関節や筋肉への負荷をやわらげたりすることができます。体を支え、動かす筋肉も強化されるため、長時間のデスクワークによる肩こりなどの不調の改善にも効果的。日頃、体の不調改善を栄養剤やマッサージに頼る方も多いかと思いますが、体を動かさないままでは筋肉量が減ってしまうため、根本的な解決には至りません。やはり運動をして自分の体を変えたほうが、快適に働けるようになるんです。
次に内面の変化。「前より長く走れるようになった」「健康診断の結果が良くなった」など、体が変わったという達成感を得るとメンタルも強くなっていくんです。私もトレーニングに励むお客様が体とともに内面も変わっていく様子を見て、運動とはこんなにも人を生き生きと輝かせることができるのだと実感しています。
加えて、知っていただきたいのが、運動をすると脳の「海馬」の容量が増え、記憶力や感情をコントロールする能力が高まるということ。通常、海馬は加齢にともない少しずつ萎縮していきます。しかし、「普段から有酸素運動をしていると1年で海馬が約2%大きくなり、記憶力が向上する」ことが、2011年の米ピッツバーグ大学の研究などで確認されています。
私の周りにいる運動をしている方、全員が口をそろえて「運動中はアイデアが浮かびやすい」と仰るのも、この影響かもしれません。私自身も講演会の資料や原稿を書いているときに行き詰まると、考え方の視点を変えるために走りに行ったりするんです。体を動かしながら考えるとアイデアがパッとひらめいて、そこからぐっと仕事のスピードが上がるんですよ。当ジムのお客様でも行き詰まったときにセッションを予約して、トレーニング中にひらめきを得られる方もいらっしゃいます。
また、脳の働きを良くしたい方は、片足で立つ、一輪車に乗るなど、体が不安定な状態になる運動も実践してみてください。ぐらぐらする体を保とうとすると、主にバランス感覚をつかさどる「小脳」が刺激を受けて活性化するんです。おすすめはバランスボール。座っているだけで小脳の活性化と、体を支えるために必要な体幹の筋肉も鍛えられるので、ソファーやデスクチェアの代わりに使用するのもいいと思います。
運動の効果を実感するためには「強度」と「頻度」が重要
運動による効果を実感するためにはどのような運動をどのくらい行えばいいか教えてください。
WHO(世界保健機関)の「身体活動および座位行動に関するガイドライン」では、成人(18歳以上)や高齢者(65歳以上)の場合、以下の3つを推奨しています。
① 週に150~300分の有酸素性運動を行う
② 週2回以上筋トレを行う
③ 座ったままの時間を減らす
まず①の有酸素性運動とは、全身の多くの筋肉を一定時間以上繰り返し動かす運動のことです。具体的には、ランニングや水泳、エアロビクスなどですね。これらを実践するときに意識していただきたいのが、“運動の強度”。心肺機能の向上を目指すなら、呼吸が荒くなるくらいの速度や負荷で体を動かすようにしてください。②の筋トレも筋肉に張りや疲労感が出るくらいの強度を意識したメニューを行うことが大切です。ただし、体は一朝一夕では変わりません。明確な変化を実感するには“一定の頻度の運動”を、数カ月~年単位で続けないと難しいでしょう。
ここで専門家として声を大にしてお伝えしたいのは、運動は「強度と頻度が命」ということです。というのも、軽く体を動かすだけ=“強度の低い運動”を続けても、体の変化や生活習慣病の予防といった効果はなかなか得られません。過去の事例では1日50分の軽い(強度が低めの)ウォーキングを週に5日、5年間続けたのに体脂肪率はそのままで、逆に筋肉量が減ってしまったという残念なものも実際にありました。
運動法の選び方も重要です。近年、いろいろな方がSNSで運動のメソッドを発信されていますが、情報が多すぎて結果が出るものを選ぶのが難しいと感じています。加えてトレーニングの専門知識や資格を持たない方のやり方だと、回数や強度の設定を間違えていたり、関節を傷める可能性が高かったりするものあるので注意が必要です。
せっかく運動を続けても効果を実感できなければ、やる気も失われてしまいます。ストレス解消のために軽い運動を楽しむことも大切ですが、明確な体の変化を求めるのであれば短時間でもいいので強度の高い運動を正しい方法で行うことをおすすめします。
主体的に取り組む姿勢が運動でも結果につながる
“効果を実感するまで続ける”ためには、ある程度の期間、運動を継続する必要があるかと思います。そのための秘訣は何でしょうか?
運動を継続させるためには、「この運動が必要だ」という“認識”と「自分にもできる」という“自信”の2つが必要です。前者は運動を行うこと自体の重要性と運動が自分の健康にどう関与するのかなどの重要性を理解する、後者は自己効力感を高める意味合いがあります。「同世代がやっている運動なら、自分にもできるかも」といった自信を持てているほうが前向きな気持ちで運動に取り組めます。
また、これはお客様の指導を行う中で感じていることなのですが、ビジネスで成功されている方ほど運動にも熱心に取り組まれています。ただ言われるままに体を動かすのではなく、「なぜ行うのか?」「どのように理に適っているのか?」などと質問され、ご自身が納得したうえで実践されています。主体的に学ぼうとする姿勢を持たれているからこそ、仕事でもトレーニングでも結果を出されているのだなと思っています。
経営者の方が多いんですね。
経営者の方々がジムに入会されるのは、専門家の正しい知識と指導に基づいて”結果を出せる”運動が行えることも理由だと思います。ビジネスでも専門的な分野はプロに任せたほうが仕事をうまく回せるように、運動も専門家に任せていただいたほうがしっかり成果が出せますし、そのことが継続する意欲にもつながります。
運動習慣を1日のルーティーンにしてしまうのもひとつの手です。「週2回トレーニングできた」「今週も変わらず同じメニューをこなせている」という達成感が自信だけではなく、健康を維持できているという安心感にもつながっていきます。運動を行う時間帯はいつでも構いません。ご自身にとって無理のないタイミングでスケジュールを決めて、まずは2週間運動を続けてみてください。最初は辛いと感じるかもしれませんが、体が変わっていくほどに「運動しないと落ち着かない」という状態になっていくはずです。
また、スポーツ仲間や二人三脚で体づくりに励めるトレーナーを見つけることも効果的です。中には、ひとりではなく誰かと運動すると継続率が80%近くまで上がるという研究結果もあります。誰かと一緒に運動するのが難しい方は、SNSで運動の成果を発信する方法もおすすめです。誰かに「いいね!」を押してもらうだけでもモチベーションの向上につながるでしょう。
最後に、運動が苦手な方へ向けてはじめの一歩を踏み出すためのアドバイスをお願いします。
やはり一番いいのは、運動にトライして体の変化を実感していただくことですね。まずはウォーキングやストレッチなどで体を動かして、「運動するとスッキリする」という成果を味わってみてください。「調子が悪いから」と動くことを避け、エナジードリンクやお酒で不快感をごまかしていた方ほど、効果を実感し、そこから本格的なトレーニングにハマっていくというケースは多いです。
運動が苦手で、短時間の運動かつ短期間で結果を出そうと思うなら、やはり専門家の力を借りたほうがいいと思います。自分と相性の合う”かかりつけ”のトレーナー、すなわち体づくりのパートナーを見つけることは、これからの人生にとっての大きな起点にもなるはずです。私も神楽坂のパーソナルジムで指導を行っておりますので、ご興味をお持ちいただけるようでしたらぜひ一緒に運動しましょう。
中野氏が経営するパーソナルジム『スポーツモチベーションCLUB100』
■プロフィール
中野ジェームズ修一(なかの・じぇーむず・しゅういち)
フィジカルトレーナー・アメリカスポーツ医学会認定運動生理学士。株式会社スポーツモチベーション取締役・最高技術責任者。日本では数少ないメンタルとフィジカルの両面を指導できるトレーナー。「理論的かつ結果を出すトレーナー」として、多くのアスリートから絶大な支持を得る。
■スタッフクレジット
取材・文:松島佑実 編集:日経BPコンサルティング