近年、日本のオフィスのあり方にはどのような変化が見られますか?
田澤:長いこと、柔軟な働き方に対する企業側の環境整備が叫ばれてきました。しかし実際のところは、この10年、20年、何も変わってこなかった。それが昨年から、経営者の皆さんは何かしらの対応を余儀なくされました。
これまでのオフィスのあり方は、「会社」という字を見てもわかるように、「会う社(やしろ)」。つまりは、社員が一堂に集う建物そのもののことを指していました。業績がよくなれば都市部の一等地や新しいビルの上層階に引っ越したり、逆に悪くなれば、規模を縮小して設備や備品を売却したりと、オフィスは常に会社の元気に比例するというのが常識だったんです。
それが、昨年から大きく変わった?
田澤:私自身は、そういう固定観念にはずっと疑問をもっていて、以前から北海道に住んでいます。東京にも事務所を設けていますが、コンパクトなマンションのワンルーム。社員が出社することもありますが、基本はテレワークでどこでも仕事ができるという環境で経営をしてきました。初めて知り合う方にはいつもびっくりされてきましたが、世の流れ的にそんな働き方も珍しくないものになりましたよね。
そういった状況下で、多くの企業が新しい働き方を取り入れたことにより、具体的なメリットや課題が浮き彫りになってきました。経営者の方の反応としては、大きくふたつに分かれていると思います。ひとつは、テレワークでも問題なく業務が遂行できることを認識し、新しい働き方を推進させよう、という積極派。一方、やはり一堂に集わないとコミュニケーションもマネージメントもうまくいかない、という消極派も一定数おられます。
経営者サイドの対応が、はっきりと分かれたということですか?
田澤:そうなんです。私は当然、新しい働き方を推進する立場ですが、そこにははっきりとした理由があります。今後確実にくるのは、人材不足。これはもう明白なわけです。やむなくテレワークにしていたが毎日出社するスタイルに戻しますという会社に、率先して勤めたいという若者がどれだけいるかは疑問です。
オフィスがいらないわけではない。ただ、役割や存在価値が変わってくると思います。これまでは、社員の数だけデスクを置く場所だったものが、もっと特別な場所へ。例えば、仲間に直接会えたり、お客様に最新の商品をご覧いただくショールーム的な機能が強くなったりなど、よりスペシャルな空間としてのリアルオフィスを持つことが、その企業の魅力につながってくると思います。
これからは、通常勤務は在宅が当たり前になるということでしょうか?
田澤:世の中には、今後「ハイブリッド型」の働き方が主流になるという声が多くあります。これは、出社と在宅、その両方を取り入れた勤務スタイルのことを指します。でも私は、出社か在宅かの二択ではなく、場所を選ばずに「どこでも働ける時代」がくると考えています。オフィスと自宅に加えて、中間的な場所にあるシェアオフィスやコワーキングスペース、さらにはワーケーション先など、あらゆる場所が職場になり得るんです。
働く場所を考える時に重要なのは、どうすれば社員に最大限のパフォーマンスを出してもらえるか、ということ。これまでのように、毎日同じ時間にオフィスで働くことが最大の生産効率を生み出すかというと、そうとは言い切れないと思います。
シェアオフィスやコワーキングスペースなども、社員のパフォーマンスを向上させる原動力になるということでしょうか?
田澤:たとえば、子どもの世話をしたいので在宅のほうが効率がいいという人がいる一方、こんな事例がありました。パートナーも在宅勤務をしているため、自宅以外の場所のほうが集中して仕事ができる。その方の勤務する会社は郊外に店舗を持つコワーキングスペースサービスの法人契約をしていたため、わざわざ会社に行かなくとも自宅に比較的近い場所で効率よく仕事を進めることができたんです。
当社でも、東京近郊で店舗展開する二社のシェアオフィス事業者と法人契約を結んでいます。前後のアポイントメントの合間に立ち寄ることはもちろん、自宅では実施が難しいWEB会議への参加、さらにはオンラインセミナーの講演者として登壇する際に、より良いネット環境を求めてシェアオフィスの個室を利用することもあります。
いまだに、利用したシェアオフィスの経費を社員が立て替え、後日会社に申請するという方法をとっている企業も見受けられます。でも、あらかじめ法人契約をしておけば、いちいち申請する手間も省けますし、幅広い店舗ネットワークを持つワークスペースを利用することができたりと、メリットは非常に大きい。最近では、より住宅エリアに近い郊外店舗も増えています。経営側がそういったオプションをしっかりと用意して、それを社員が自ら選んで働けるようにしていくことが重要です。
中間的ワークスペースの利用者が増えたことで、サービスのバリエーションが増え、質も向上しているように感じます。
田澤:これまでは、スタートアップ企業がシェアオフィスを利用したり、フリーランスの方が事務所兼交流の場としてコワーキングスペースを活用したりという形が主流でした。サテライトオフィスでいうと、営業職の方が外回りの途中に立ち寄って事務作業をするというように、中継地的な利用がメイン。でも、この数年でそれもがらりと変わりました。
終日その場所で作業をする人の増加に伴い、インターネットセキュリティの安全性確保はもちろん、WEB会議に対応するための個人ブースの増設、防音・換気性能の強化など、安心して利用できる環境がどんどん整ってきています。
社員にとっての利便性を高めると、一方でマネージメントが難しいという声も聞かれます。
田澤:もちろん、ルールの整備は必須です。テレワークOKというと、イコール好き放題の働き方をしていい、と勘違いをする人がいますが、それは大きな間違い。どんな場所で働いていても、社員全員が公平感を感じられるフェアな労働環境の整備が求められるんです。
出社した方が評価されるとか、上司のプレッシャーがあるから出社するなんて社員が出てきたら、それは本末転倒です。これまでだって、内勤は一日中空調のきいた部屋にいられていいとか、営業は自由に外を歩き回れていいとか、職種によるさまざまな意見があったと思いますが、それをいかに解消するかと同じことです。
もっともシンプルな解決策は、お給料。不公平感を感じる職種には、何らかの手当を付けるというやり方が考えられます。しかしこれも、アイデア次第です。どうしても在宅勤務は難しいというある工場では、1日の勤務時間を10時間に延ばした。それによって、週4日勤務にしたんです。4日間、2時間ずつ増えるので、合計で1日分の8時間がねん出できる。トータルの勤務時間は変わりませんが、週休3日というのはなかなかに魅力的ですよね。
新しいオフィスの形を取り入れようとする経営者の方にアドバイスをお願いします。
田澤:まずは、いまの業務のなかから何かひとつでも、どうしたら遠隔での作業が可能になるかを考えてみてください。最初からすべてをドラスティックに変える必要はありません。
新しいオフィスを取り入れるにあたり、資金の確保に苦慮される経営者の方もいらっしゃると思います。そうした場合、収支の面で今までと異なる点がないか探してみるのもよいでしょう。例えば移動の制限で、拠点地以外での営業を控えなくてはならなかった一方、出張費や交通費が減ったという企業もあると思います。それに加え、従来のオフィス規模を縮小すればさらなる予算ねん出もできるかもしれません。収支を見直して新しい形のオフィス利用に投資するというのは、非常に有効な一手だと思います。
進化を続けるシェアオフィスや、コワーキングスペース、さらにはバーチャルオフィスなどの新たなコミュニケーションツールもある。時代に逆行することは人材不足に陥るリスクであるという危機感をもって、常に新しいサービスにアンテナを張ってみてください。
シェアオフィスのお支払い、テレワークをサポートするサービスのお支払いにもアメリカン・エキスプレスのビジネス・カードがご利用いただけます。
■ プロフィール
田澤由利
株式会社テレワークマネジメント代表取締役
株式会社ワイズスタッフ代表取締役
奈良県生まれ、北海道在住。上智大学卒業後、シャープ株式会社でパソコンの商品企画を担当。1998年、夫の転勤先であった北海道北見市で、在宅でもしっかり働ける会社を目指し、株式会社ワイズスタッフ設立。2008年、株式会社テレワークマネジメント設立。企業等へのテレワーク導入支援や、国や自治体のテレワーク普及事業等を広く実施している。国の会議にも委員やアドバイサーとして数多く参加。総務省の地域情報化アドバイザー、上智大学非常勤講師なども務める。著書に『在宅勤務が会社を救う』(東洋経済新報社)などがある。
■スタッフクレジット
記事:中村真紀 編集:芝山 一(ADDIX)