ビジネスの知見を深めた先に出合ったのが社会課題をビジネスで解決するという挑戦
まずはこれまでの経歴について教えてください。
子どもの頃から「人の心がどう動くのか」に興味があり、大学では心理学を学びました。卒業後は販売促進・プロモーション専門広告代理店で企画・マーケティング、IPを活用したプロモーションを担当。このファーストキャリアからこれまで、一貫して「マーケティング」が私のキャリアの軸になっています。
広告代理店時代のクライアントは大手飲料・流通のナショナルメーカーなど、資金も社会的な認知度もある会社。そんな恵まれた状況でプロモーション戦略の提案をしていました。一方で、世の中の大半の企業は中小企業で資金も認知度もない会社。もちろん自分個人も一存在として、資金も知名度もない。そんな存在がどのようにすれば生き残れるのか、キャリアを築けるのか? ふと不安になりました。
そこから、お金も認知度もない中小企業はどのようにビジネスを成り立たせているのかに興味を持つようになり、ビジネス書をとにかくたくさん読み、知見を深めていきました。
株式会社Connect Pet 代表取締役/CEO 三浦朋之氏
そうして数年勉強して自信がついたところで、広告代理店を退職。マーケティング企画統括部長として不動産とITのスタートアップ企業に転職しました。その会社でマーケティングの仕組みづくりを経験したのち独立、中小企業の経営コンサルティングをしながらベンチャー企業のCMOなども兼任し、医療系ベンチャー企業の事業売却も経験。それらを経て、2023年9月にConnect Pet(外部サイトに移動します)を立ち上げ、代表取締役CEOを務めています。
Connect Petではどんな事業を展開されているのでしょうか。
Connect Petは、「ペットの殺処分ゼロをビジネスで実現し続けるソーシャルスタートアップ」を理念としている会社です。2022年度で、公式には約12,000匹のペットが殺処分(外部サイトに移動します)されています。数字自体はピーク時よりも減ってはいるのですが、実のところそれはボランティアの方たちが引き取っているからであり、サステナブルとはいえません。
我々はこの課題の解決策として、ペットを飼う人の絶対数を増やすこと、ペットを飼いたい人に保護動物を適切につなぐこと、飼い主がペットをリリースしないような啓蒙や環境をつくることの3つが重要と考え、この3つに基づいたビジネスをConnect Petの主軸事業と位置付けています。
ペットを飼う人の絶対数を増やすためには、ペットを飼いたいけれども飼えない人たちの課題を解決する必要があります。そこで、仕事が忙しく日中こまめなお世話をしてあげられないために飼うことを躊躇してしまう単身、共働きや、高齢者の方、旅行や移動の制限が生じるために飼うことを躊躇される方を対象にした、自動給水や自動トイレなどのペット用の自動ケア家電に注目しました。ペット用家電そのものは開発している会社がたくさんあるのですが、まだあまり認知が広がっていません。より多くの人に使ってもらうため、今年の6月からβ版がスタートした、ペットケア家電のD2Cサービス「にゃんほっとHOMECARE」と、保護猫譲渡特化型施設「にゃんほっと」(外部サイトに移動します)の2本柱で事業を展開しています。
Connect Petの事業を始めた動機やきっかけは何ですか?
2018年にバングラデシュに関わるビジネスに携わった際に、グラミン銀行の創設者でノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏と出会いました。ユヌス氏は、バングラデシュ農村部の貧困層に少額事業資金の無担保融資を行い、生活水準の向上に貢献した方で、いわばソーシャルビジネスの草分け的存在です。バングラデシュでユヌス氏率いるグラミングループとのジョインベンチャー開発に携わる中で、複数回彼に直接会う中で大きな影響を受けたことから、解決困難な社会課題をビジネスで解決していくことに非常に興味を持ったんです。
では、何から始めるかと考えたときに注目したのが、「声なき存在」であるペットでした。社会課題のほとんどは、誰か、あるいは社会・世間が、ある属性の人やモノ、コトをカテゴライズすることでマイノリティが生まれる、ということから起きています。すると、そのマイノリティに対するあらゆるリソース(資金・人材など)のアロケーション(資源の配分、割り当て)の優先度が下がり、放置されていくようになります。ペットはその最たるものだと思いました。そこで、ペットの殺処分という社会課題をビジネスで解決しようと考え、Connect Petの創業に至りました。
ビジネスの継続には、「好き」から生まれる熱量とバランスが必要
ご自身が動物がすごく好きだから、その領域に携わっている、というわけではないのですね。
好きですし、今も猫を4匹飼っていますが、「熱狂的」ではないと思います。でも、それが実は大事なポイントだと考えています。というのも、例えば、猫がすごく好きで助けたいという思いが強いと、たいていはNPOを立ち上げて保護施設をつくろうという考え方になります。それもとても大切な一つの方法です。そして、目の前にいるペットを助けるということも尊い仕事であることは間違いないのですが、一方で個別最適になりがちです。ペットの殺処分のような全体的・根本的・持続可能性を帯びた課題解決に至る、全体最適になるようなことにはつながりにくいという現状があります。それであるがゆえに、常に誰かの犠牲・労力を許容する構造ができてしまい、本質的な解決ができなくなってしまうところもあります。そこで、私はこの社会課題をビジネスで解決する、ソーシャルビジネスの実現を目指しています。
一歩引いて考えたほうが、経済合理性と社会性のバランスを取りやすいと思います。あくまでもフラットに、寄り過ぎないことが重要で、だからこそ持続可能なビジネスが展開できると考えています。
三浦氏の愛猫、レイ(上)とカイ(下)。現在、あと2匹の猫を含め計4匹と暮らしている。
一方で、ビジネスを立ち上げる際には、「何としてもその課題を解決したい」という「熱量」も必要ではないでしょうか。
そうですね。投資家や一緒に働く仲間など、人を動かすには熱量が必要で、熱量は「好き」から生まれます。また、ビジネスは継続がすべてだと思っているので、そういう意味では好きだからこそ続けられると思います。私にとっては、ソーシャルビジネスを持続可能・サステナブルという側面でなく、東証の株式市場で評価されるレベルの経済合理性を持つビジネスにまで昇華させたモデルケースをつくりたい、という思いが、モチベーションの源泉になっています。
動物以外では、どのような「好き」をお持ちですか。
趣味は、歴史や哲学を勉強することですね。それによって、メタ認知が見についている実感もあって、自分のことをもう1人の自分が見ているような感じです。だから、いつも冷静に見られがちなのもあるのですが……。でも、そうやってメタで物事を見ている中で、社会と自己の間に言語化できていなかった法則性を見つけたとき、例えば何かしら、人ともめたりしているときに「自分はこういうタイプの人と一緒にいるときにこんなことを考えがちだな」みたいなことが分かったときなどは、すごくテンションが上がりますね。基本的に感情的になることがあまりないタイプなのですが、このときばかりは急にニヤニヤしたり、メモを取り出したりするので、周りの人はすぐに気づくと思います(笑)。
あとは、好きというか、ルーティンとしてあるのは、朝風呂と瞑想です。いつも何か考えているタイプだからこそ、この2つをしている時間は意識的に何も考えない、フラットな頭でいようと心掛けています。瞑想の時間は30分~1時間くらい。自宅が海に近いので、海辺に行って何もしない時間をつくっています。
勉強熱心で落ち着いていらっしゃるという印象ですが、ご自身について一言で表現するとすれば、どんな言葉になるでしょうか。
「本質を求める人間」でしょうか。バックボーンに趣味で学んでいる歴史や哲学がある、ということの影響が大きいと思うのですが、ビジネスにおいても「この本質ってなんだっけ?」と常に考え続けている側面はあります。だからつい、友人と話していても「それってそもそもなぜだっけ? 必要?」とよく聞いてしまうんですよね。自分自身のそういう部分を振り返ると、本質を大事にしたい気持ちが強いのだろうなと思います。
高い視座と広い視野を持ち、日々鍛錬していく
ビジネスを興す最初の一歩として大事なのはどんなことだとお考えですか。
まずは、ビジネスの「筋」を見つけることだと思います。マーケットはあるのか。その業界は上り坂なのか下り坂なのか。顧客は誰で、どんなニーズがあるのか。母数はどれくらいか。競合はいるのか。これらを、業界誌を読んだり政府の統計資料を見たり、インターネットで検索してみたりするなど、徹底的に調べます。基本的に「不」を解消するところに価値が生まれ、お金が生まれますので、陣地を築く場所をなるべく間違えないことが重要だと考えています。
Connect Petの場合は、ペットを飼う人の絶対数を増やすことが目的となります。そこから考えていった結果、「ペットを飼いたいけれども飼えない人たち」に対し、「自動給水や自動トイレなどのペット用自動ケア家電のレンタルサービス」を提供することで、ペットを飼うことのハードルとなっている「環境を整えるための労力やコスト」の問題を解決する、という筋をつくりました。具体的に、ペットを飼いたくても飼えない人の理由は大きく3つといわれます。1つ目は、ペット可の物件が少ないこと。2つ目が、移動の制限や仕事中に面倒を見られないといった問題。そして3つ目はペットが亡くなった際のペットロスが怖いということです。3つ目は心の問題なのでビジネスで解決するのは難しいし、1つ目についてはペットを飼う人が増えれば需要が生まれ、自ずと解決するだろうと考えました。したがって、我々が取り組むべきは2つ目の課題だろうと。それを想定するユーザーや投資家、仲間などに説明していく中で、反応によってビジネスの筋がいいのか悪いのかが分かってきます。
これは失敗事例としてお話ししますが、Connect Petはペット用家電の事業を始める前に、実は猫専門のペットホテルのビジネスを始めたんです。ペットホテルがあれば、家を空けることが多く猫を飼うことにためらいがある方々でも、預けて出かけるという選択肢ができ、飼いやすくなるだろうという仮説があったからです。しかし、猫は環境の変化に弱く、ストレスで不調になってしまう可能性があるという、「猫」という動物の存在の重要な側面を見落としていました。それでは人間のエゴになってしまい、我々の理念と矛盾すると思い、撤退を決めました。建物の賃料も保証金も払った後で、ローンチをしないという判断をしたので、それなりに大きな損失が出てしまいました。始める前に、もう少し慎重に検討しておけば資金をムダにせずに済んだと思います。結果的に、理念に反するビジネスを無理に進めなくてよかったとも感じていますが、仮説を立て、1つ1つ小さく始めて検証していくべきでした。スタートアップは使えるリソースが限られるために、分散させると失敗確率が上がってしまいますから。「視座」、「視野」、「視点」からビジネスを捉える場合、視点は小さく深く掘っていく必要があると考えているのですが、間違った場所を掘り続けても当たりません。だからこそ、その視点が正しい場所に置かれているのかの見極めが重要です。そのために、高い視座と広い視野を持っておくことが大事だと思っています。
最後に、今後の展望と、これから起業を考えている方や、今まさに経営課題に取り組んでいるスタートアップの経営者にメッセージをお願いします。
まずは、人生のテーマとして「ソーシャルスタートアップ」というビジネスモデルを確立させたいという目標があります。大きな市場で割合儲かりやすい、収益が上げやすいビジネスをする一般的な起業とは違って、ソーシャルビジネスは社会的優先度が低いとされている小さな市場で、構造的、社会の価値観・文化のアップデートが追いついていないことで解決のハードルが高い課題に取り組みます。例えば、昔「弱視」の人は「障がい者」というカテゴライズで、様々な社会生活を行う上で課題が多い存在でした。つまり、社会課題ではあったのです。しかし、そこに「メガネ」「レーシック」というテクノロジーが誕生することで、「弱視=障がい者」とされることはほぼなくなりました。それにより社会課題が解消されただけでなく、「メガネ」「レーシック」という、とてつもない市場規模のマーケットが生まれたのです。このような「社会課題解消」と同時に「莫大な経済マーケット」をつくることは可能であると思います。当社が定義する「ソーシャルスタートアップ」はこのような構造を持った、従来のソーシャルビジネスのアップデート版の事業形態を目指しています。
スティーブ・ジョブズ氏の有名な言葉に、たくさんの点を打つ、つまり様々な経験を重ねることで点が線となり、思いがけないことにつながるという意味の「Connecting the dots」があります。行動して内省して社会とつながっていく中で、自然発生的にチャンスの種が生まれると思いますので、やはり点を打ち続ける必要がありますし、やみくもに点を打つのではなく、この点にはどんな意味があるのかを考え続けなければならないと思っています。
ビジネスの源泉である「マーケティング」と「セールス」、つまり人を集めることと、人に価値を伝えて対価を得ることはビジネスから外すことはできませんので、まずはこの部分から、経営者は日々学習、鍛錬していくことが大事だと思っています。ぜひ一緒に頑張っていきましょう!
■プロフィール
三浦朋之(みうら・ともゆき)
株式会社Connect Pet 代表取締役/CEO
大学卒業後、広告代理店に勤務の後、独立。中小・ベンチャー企業の新規事業開発支援を軸に複数のベンチャー企業のCMO/役員を経験。医療サービスベンチャーの事業売却に携わる。ソーシャルビジネス・グラミン銀行創設者でノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏率いるグラミングループとバングラデシュで出会いJV(ジョイントベンチャー)開発で関わる中で感銘を受け、社会課題解決型ビジネスの立ち上げを志す。社会課題解決を志向する会社への事業投資を行う株式会社ウィルウェイのCOO(最高執行責任者)の経験を通じて、「ペットにまつわる社会課題」を解決するためにConnect Petを設立。猫4匹と暮らしている飼い主でもある。
■スタッフクレジット
取材・文:尾越まり恵 編集:日経BPコンサルティング