下がる従業員の幸福度
人事管理システムを提供する米企業「バンブーHR」が2024年5月に発表した調査(外部サイトに移動します)によると、2020年以降、同社のシステムを利用する企業の従業員5万7000人の幸福度は低下傾向にある。自分の職場をどれだけ人に薦められるかを表す「従業員ネット・プロモーター・スコア(eNPS)」は、2020年以降下がり続けており、2023年末には100点満点中30点にまで低下した。
一般的に、職場への満足度やエンゲージメントが高い社員ほど創造的でやる気があり、生産性が高い。逆に、不満を抱いている社員はパフォーマンスが低く、離職率も上がる。
英紙「フィナンシャル・タイムズ」の2024年3月の記事(外部サイトに移動します)によると、米調査会社ギャラップは、従業員のエンゲージメントの低さが原因で世界経済に8兆9000億ドル(約1384兆円)の損失が出ていると試算している。仕事に熱意のない社員が成果を出せなかったり、仕事を辞めたり、問題を引き起こしたりするためだ。
引用されたギャラップの報告書「グローバルワークプレイスの現状2023年版」(外部サイトに移動します)では、調査対象となった世界各地の従業員の77%がエンゲージメントの低さを報告している。
こうした状況を打破しようと、従業員の満足度を高めるための役職である「CHO : Chief Happiness Officer(最高幸福責任者)」を設置する企業が米国を中心に増えていると、フィナンシャル・タイムズが報じている。
独誌「ヴェートシャフト・ヴォヘ」の2024年5月の記事(外部サイトに移動します)によると、CHOの職務は社内にポジティブな雰囲気を作り出し、社員のやる気を引き出すことだ。C(Chief)がつくが、CFO : Chief Financial Officer(最高財務責任者)などのCレベルの上級役員とは異なり、通常、企業経営には携わらない。
多様なCHOの役割
CHOはまだ一般的な役職ではないため、その業務内容は企業によって大きく異なる。仏メディア「ユーロ・ニュース」は2023年4月の記事(外部サイトに移動します)で、複数の企業のCHOに取材し、その職務内容について探っている。
たとえば、2022年に「ヨーロッパで最も働きがいのある中小企業」の15位に選ばれた英IT研修企業「ハッピー」のCHOは、創業者であり元最高経営責任者(CEO)のヘンリー・スチュワートが務めている。彼は「幸せな職場」の定義について、「究極的には信頼関係のある場です」と述べ、こう続ける。
「人々が喜ぶのは、自分の強みを発揮し、得意なことをして変化を起こせることです。無料でランチが食べられるとか、ジムの会員権がもらえるといった話ではありません。指揮命令系統の階層をなくし、従業員にも組織の意思決定に参加してもらうことが重要です。彼らこそが最前線で何が起きているかを理解しているわけですからね」
スチュワートは民主的な職場であることにこだわっており、同社では、CHOのものも含め、給料はスタッフが決定するという仕組みが取られている。
一方、仏フィンテック企業「トリザー(Treezor)」のCHOを務めるウィリアム・リンは、労働者のメンタルヘルスの改善とモチベーションの向上を重視する。各従業員のウェルビーイングを理解するため、定期的に満足度調査を実施し、その結果を四半期ごとに経営委員会に提出しているという。
調査で尋ねるのは管理職が配慮すべき点で、「現在の上司との関係をどう感じますか」「現在、仕事の成果を最大限にするための充分なツールがあると感じますか」などだ。リンは、従業員のモチベーションを高める必要性をこう訴える。
「もし従業員が不快に思っていたり、疲れ切ったりしていれば、仕事のパフォーマンスに影響を及ぼします。さらに、その状態が周囲にも伝わり、チーム全体の成果にも影響するでしょう。そうなれば採用や離職者数、離職率などにも悪い影響が出てしまいます」
税務ソフトウェアを提供するメキシコ企業「ヘル(Heru)」でCHOを務めるアニタ・ルスチャックは、ユーロ・ニュースの取材に対し、管理職のスキルアップに焦点を当てていると語る。職場で従業員が幸福感を得るためには管理職が部下の話を聞き、支援する姿勢を示すことで、信頼関係を育まなくてはいけないと考えているからだ。そこで、同社では管理職を対象に、傾聴スキルを教える研修を実施している。
また、実際にそのスキルを活かすため、管理職から部下に仕事上のモチベーションや課題について積極的に質問する機会を設けている。部下の話を聞いた上司は、自分がその解決に向けてどう役に立てるのかを話し、対応することが奨励される。そうすれば部下は自分のことを考えてもらえていると感じられるからだ。こうした心理的な安全性を従業員が持てるよう、CHOは管理職をフォローアップし、サポートしているという。
職場に必要なのは「信頼関係」
国連の持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が毎年発表する「世界幸福度報告書」でも、「信頼」は重要な指標としてあげられている。
同調査に初回から編集者として関わってきた、カナダ・ブリティッシュコロンビア大学のジョン・ヘリウェル名誉教授は「職場が自分のことを気にかけてくれる環境であると思えれば、人はずっと幸せを感じられます」とユーロ・ニュースの取材に答えている。
それぞれ方法は違ったとしても、幸せな職場を作るためにCHOたちが取り組んでいるのは職場に信頼関係をもたらすことだ。安心できる職場で、従業員が集中して仕事に取り組める環境を築くことが、不確実性の高い時代にはより重要になるだろう。
アメリカン・エキスプレスとクーリエ・ジャポンは、起業家の学びの機会となるような経験や情報を届けるプログラムを提供し続けることでスモールビジネスオーナーを力強く支援し続けています。クーリエ・ジャポンに掲載中の記事もぜひご覧ください 。(外部サイトに移動します)
【スタッフクレジット】
文・編集:クーリエ・ジャポン(講談社)
写真:Getty Images