長男の病気を機に知った、治療以外に必要な
数多くのまだ言語化されていないケア
石嶋氏が現在の活動を始めたのは、2016年に当時小学2年生だった長男・壮真氏が、小児がんの一種である小児急性リンパ性白血病と診断されたことがきっかけだった。治療で点滴を行う際に、血管が細い小児に合わせた方法でカテーテル(医療用の細管)を使用するが、引き抜きが起こったり、触ってしまって感染症を引き起こす可能性がある。それを防止するために、ルートを収納するためのカバーが必要になった。
「当時、そのような商品は見つからず、ほかの患者さんも親が手作りするしかない状況でした。私たちは保護者が病室に泊まり込んで24時間付き添う病院に入院していたので、カバーの生地を買いに行けません。ミシンもなく、どうやって作るのかもわからず、困ってしまった。当時は先の見通しが立たず、不安も大きく、日々を過ごすだけで精一杯でしたが、こうした商品の必要性を痛切に感じていました」(石嶋瑞穂氏、以下同)
チャーミングケアの石嶋瑞穂氏(右)と長男の壮真氏。
そんな時、石嶋氏の友人が有名なファッションブランドのハンカチをリメイクし、手作りしたカバーをプレゼントしてくれた。すると、落ち込み、治療に積極的ではなかった壮真氏が、それを見てとても喜び、まわりの人にも自慢したという。
「自分が“可愛い”“かっこいい”と思うものは、人にも見せたくなりますよね。小さな外見の変化で、子どもはこんなにも前向きになれるのだと気付きました。化学療法(抗がん剤治療)を始める時には、小児用の帽子も手作りしました。そして、ほかにも困っている人がいるはずだから、いずれ落ち着いたら、このようなケアアイテムが手に入りやすいよう、商品化して届けたいと思い、息子に話したら、『僕たちはいま、困ってるやん。同じように、いま欲しい人がいる。そしたら、いま始めないとあかんのちゃう?』と言われて。それがきっかけで、息子の付き添いをしながら、医療ケアアイテムを作り始め、病室で(チャーミングケアの)前身となるECサイトを自作しました」
この頃、石嶋氏が出合ったのが“アピアランスケア”という言葉だった。そして、医療的な治療以外にも、言語化されていないケアがまだまだあると気付く。次第に自身の経験や思いを発信するようになり、2019年に一般社団法人チャーミングケアを設立した。
当事者だからこそわかるニーズ
当事者だからこそできるサポート事業
現在チャーミングケアでは、病気や障がいがある子どもの外見ケア、メンタルケア、家族ケアの啓蒙をはじめ、EC運営、メディア、雑貨企画販売、家族の就労サポートや講演・研修など、幅広い事業を行っている。いずれも、石嶋氏と壮真氏の経験から、必要性を感じて始めたものばかりだ。2020年からは支援企業の出資でECマーケットプレイス「チャーミングケアモール」を開始。翌年には事業譲渡を受け、チャーミングケアで運営している。
「医療ケアアイテムをはじめ、お見舞いギフトなども販売しています。洋服や帽子、ウィッグ、衛生用品といったカテゴリだけでなく、小児がんや脳性麻痺など疾病ごとに必要なアイテムを掲載し、さらに価格、困りごと、年齢で必要な商品を絞り込めるようにしています」
チャーミングケアモールで販売する帽子やシリコン製のスプーンなどの製品。シリコン製のスプーンは滑りにくく、噛み込んだ時にも歯や口内を傷めにくいので、子どもはもちろん高齢の方など大人も使いやすいという。
そして、長男の壮真氏が中心になって取り組んでいるのが、メディア事業である「チャーミングケアラボ」。インターネット上の仮想空間・メタバースで、子どもたちやサポートする人たちが集まり、コミュニケーションを図るためのサービスだ。
「病気や障がいがある子どもたちは全国にいますが、全体数が少なく、同じような状況の人と知り合ったり、繋がりを持つのは結構難しい。それに、自分の見た目を気にしている子もいます。たとえば僕の場合は、化学療法によって脱毛や浮腫(むくみ)などの症状があって、眉毛まで抜けたり、友達に『デブ』と言われたりしました。だから、(病気や治療による外見上の変化を他人に見られたくないという理由から)カメラで顔を映すオンライン会話に抵抗感がある人も多いと思ってメタバースにしました。メタバースであれば、全国のどこにいてもパソコンやスマートフォンがあれば参加できるし、アバター(自分の分身となるキャラクター)を作れるので、自分自身の姿を映すこともないし。悩みとか疑問に思っていることについてとか、自分が経験したことを話したりして、いろんな情報やアドバイスがもらえるようになれば、子どももうれしいし、親たちにとってもいいんちゃうかなぁ、と思って。お母さんに相談したら、いいやん!やってみ!!ということで、始めました。病気のことだけのための場所というよりは、雑談とかコミュニケーションの練習ができる場になってほしいです」(壮真氏)
「治療中から治療後も、ずっと脱毛しているわけではないんですが、退院する時は一番毛が抜けている状態。『退院して良いですよ』『学校に行けて良かったね』と送り出されるのですが、見た目も生活も、そんなにすぐに元通りになるわけではないんです。悩みや不安も大きい。だからメタバースのような世界はとてもいいと思って、賛成しました。息子が中心になり、メタバースのプロの方と一緒に、手探りで始めました。息子はアプリ操作などの習得のために、1週間ほどブートキャンプ(研修)にも行きました」(石嶋瑞穂氏、以下同)
壮真氏が展開するメタバース事業。一般の人が広く入れる階層と、当事者同士が話し合える階層を分け、当事者もそうでない人も広くコミュニケーションを取れる場を提供している。
2022年からは、大人だけでなく、子どもたちも“子ども講師”となり、自分たちの経験や課題を子ども自身の言葉でシェアする研修をスタートした。さらに24年には、メタバースワールドの空間で職業体験を行う「チャーミングケアラボフェス」を開催予定。医療ケアアイテムの販売を体験し、商品知識や接客、お金のことなどを学べるという。
大阪府池田市にあるチャーミングケアラボ。商品を見るだけでなく、お茶を飲みながら話ができるサロン的な役割も果たす。
チャーミングケアでは、約500点もの医療ケアアイテムや雑貨の企画販売を行っており、ECサイトだけでなく、一部を同社の事務所で購入することができる。1階のスペースの一角に並べられており、気になるアイテムを実際に手に取って見たり、使い方を教わることも可能だ。
「インターネットの写真だけでは仕様がわかりにくかったり、実際に見てみたいというお客様もいらっしゃいます。以前は、百貨店などで展示販売することもありましたが、どうしても販売する期間や時間が限られてしまうので、常に手に取ってご覧いただける場所をつくりたかったんです。現在は事務所のみの展示で、お越しいただける方が限られてしまいますが、ぜひ気になるものがあれば、直接使い心地や素材感なども試していただきたいですね」
この事務所は、商品販売やオンライン活動の拠点となるだけでなく、今後もさまざまな取り組みが計画されている。特に必要性を感じて推進しているのが、2階のスペースを使った学習支援だ。
「まとまった期間の入院が必要だった子どもたちは、学校に行けなかった分、ほかの子どもたちよりも学習が遅れてしまいます。また、退院後は体力が低下していて、通学が難しかったり、中には座って机に向かうことすら、しんどくてできない子もいます。退院後、急に自宅学習ができる環境をつくることも、簡単ではありません。経験しているので苦労はよくわかります。だからこそ、場所を提供したり、テーブルのほかにもこたつを置くなどの工夫をして、みんなが少しでも勉強しやすい環境をつくりたいんです。勉強を続けることはもちろんですが、周りの人とも触れ合えるよう、定期的に通える機会や場所をつくるという目的もあります」
今後は、このような学習支援や働くための支援など、病後のQOL向上にも力を注いでいきたいと語る。
一般社団法人チャーミングケアは、多様性に配慮した店づくりに励む地域の中小店舗経営者やショップオーナーの挑戦を応援する、アメリカン・エキスプレスの「RISE with SHOP SMALL 2023」B賞の受賞者です。
アメリカン・エキスプレス RISE with SHOP SMALLとは
地域や街、コミュニティの魅力づくりに貢献したい、ビジネスを活性化したいという中小店舗経営者、ショップオーナーの更なる挑戦を、資金や魅力発信のサポートなどを通して応援するプログラム。性別や年齢、障がいの有無、人種や国籍、言語、LGBTQ+など、さまざまなダイバーシティ(多様性)を持つお客さまや従業員の「自分らしさ」を尊重して受け入れる「ALWAYS WELCOME」な店づくりを支援。2023年は、500万円相当の資金支援で応援するA賞(3人が受賞)と100万円相当の資金支援で応援するB賞(5人が受賞)を実施。
必要とする人に、長くサポートを提供するために
「最低でも自走、最高でも自走」
明るく笑顔を絶やさないチャーミングケア代表の石嶋瑞穂氏。
医療や福祉という分野は、日本ではどうしても「ボランティアで行う活動だ」というイメージが強い。しかし、「『最低でも自走、最高でも自走』が必要。サポートし続けるためには、事業として継続させていくことが重要だ」と石嶋氏は指摘する。
そのためにも、今後、情報発信をさらに強化することで、より多くの人に病気や障がいがある子どもたちの現状や課題を知ってもらいたいと考えている。
「どんな子どもでも、子どもらしく可愛らしく過ごせるように、みんなで一緒に課題について考えていきたい。そしてこれからも、息子や家族、仲間と一緒にさまざまな取り組みにチャレンジし続けたい」
「庇護する、される」から、互いを思いやりつつも意見をぶつけ合う“ビジネスパートナー”として、親子関係が日々変化しているという石嶋氏と壮真氏。「必要とする人にサポートを届けたい」という強い思いが、ふたりの事業をさらに発展させていく。
■プロフィール
石嶋 瑞穂(いしじま みずほ)
長男の壮真氏が小児急性リンパ性白血病に罹患したことをきっかけに、看病のかたわら、病気や障害のある子どもたちや家族のためのケアアイテムを制作。2019年に一般社団法人チャーミングケアを設立。2020年からECサイトでアイテムの販売を始め、翌年、運営会社から同サイトの譲渡を受ける。退院後、壮真氏とともに事業活動を続けている。
一般社団法人チャーミングケア(外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
取材・文:柿本順子 写真:張田亜美 編集:フィガロジャポン編集部