コロナでマイナス回転した歯車をプラスに転じさせたい
コルクは、「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションに掲げています。今、新型コロナウイルスの影響によって世界が変革を迫られている状況ですが、その中でコルクのミッションについて改めて考え直すことはありましたか。
2011年の東日本大震災のときもそうでしたが、今回もコロナによって、いわば外圧的に世界観が変えられてしまいました。そこで変わった世界観に対し、もう一度、「人間って生きている価値があるな」とか、「人と人が接することってやっぱりいいな」とか、一度マイナス回転させられたこの歯車を、どうやってプラス思考に巻き返していくのか。そこに貢献することが、コルクが取り組んでいくべきことかなと思っています。
その意味では、コルクが掲げるミッション自体はもちろんこれからも変わらず貫いていくものですし、むしろこの時代に存在価値が増したというか、より必要とされる時代になったと感じています。
物語には世界を変える力がある
このミッションのもと、社会の中で具体的にどのようなことを実現していきたいと考えていますか。
小山宙哉さんの『宇宙兄弟』という作品の中では、現在まだ根本的な治療法が見つかっていない難病・ALS(筋萎縮性側索硬化症)が治る可能性のある病気になっていきます。そこでコルクが中心となり、作中でALSの克服に取り組む登場人物の名前にちなんだ「せりか基金」を立ち上げて、ALS治療法の研究開発費として寄付を行っています。
もしもこの寄付がきっかけで現実にALSの治療法が見つかったら、物語の力で世界を変えるということが実現するわけです。コルクのビジネスの基本はクリエイターのエージェントですが、その仕事だけにとどまらず、クリエイターや彼らが生み出す作品に関わる様々な活動にも取り組むことで、社会を変えていきたいと思っています。もちろんこれは『宇宙兄弟』に限らず、いろいろな作品で展開していきたいことです。
社会をどういう方向性に変えていきたいと考えていますか。
前向きな気持ちで、多くの人が「人生、楽しいな」と思えるようにしたいんです。僕は、物語というものは「北風と太陽」の太陽だと考えています。今回のコロナは、北風で無理やり人々からコートを脱がせたようなもの。でも物語の力は、太陽であってほしい。
ある人の人生が変わったとき、その人自身は「自分の力で人生を変えることができた」と振り返るかもしれません。しかし実はその力の源は、以前読んだ物語からきていた……コルクの取り組みでそんなことを起こせるかもしれないと本気で思っています。
一瞬で世界に広がり、熱狂させるマンガを作りたい
コルクで今特に力を入れているプロジェクトは何ですか。
SNS上で活躍する新人マンガ作家の育成に注力しています。2019年に「コルクラボマンガ専科」という養成コースをスタートさせました。修了生にはコルクの所属作家になる道が開かれています。
マンガの中でも特に注目しているのは“縦スク・オールカラー”(画面を縦にスクロールして読むオールカラー)の作品です。この4月から専科の修了生による縦スク・オールカラーマンガの連載が「LINEマンガ」で始まっています。
なぜ今「SNSで縦スク・オールカラー」なのでしょうか。
SNSは今の時代のプラットフォームです。作家が雑誌に作品を載せるとき「なんで雑誌に載せるの?」という疑問を覚えないのと同じように、今の若い世代にとってSNSに作品を発表することは何の抵抗もない、自然なものとなっています。
また、縦スク・オールカラーのマンガはスマートフォンで読みやすく、今スタンダードとなっているスタイルですから、世界に向けて発信しやすいという特徴があります。コルク所属作家のマンガがいかに早く世界に知られ、シェアを取っていけるか、そこを狙った取り組みでもあります。
これまで、日本のマンガが世界で認知されることを目指すなら、アニメ化が必須でした。ただ、アニメ化されるにはある程度の分量が必要なので、どんなヒット作でもまずは雑誌で2年間くらい連載し、そこからようやくアニメを作ろうという動きになるわけです。そうなると、実際にアニメ作品ができあがるのは早くても3、4年後になり、そこでようやく世界から認知されるという流れでした。
それに対して、今はマンガもスピード感の時代。初めの10話だけで世界が一瞬にして熱狂する現象が起き始めています。例えば、マンガではありませんがピコ太郎さんがYouTubeの「ペンパイナッポーアッポーペン」(PPAP)で、一瞬で世界を席巻したじゃないですか。同じようなことをマンガでも起こせる時代がやってきているので、それを早く成し遂げたいですね。
抑圧された欲望を作品の形で解放する
コルクに所属しているクリエイターの方たちと、時代や社会がこの先どう変わっていくかという話をすることはありますか。
そもそも今回に限らず、社会がどう変わっていくか、2年後、3年後の社会をどう予測するかといった話は、普段から作家たちとしています。ここ数カ月もそういう話はずっとしていました。
コロナに関していえば、自粛要請で「外へ出かけたい」「人とふれあいたい」といった欲望がかなり抑制されました。政府からの要請は解除されたといっても、まだまだ手放しで楽しめる状況ではありません。となると、抑えつけられているその欲望が、この後どういう形で登場してくるのか。中世のヨーロッパではペストの後にボッカチオの『デカメロン』が出ましたし、スペイン風邪の後は日本でも不倫モノが流行りました。そう考えると、人間の様々な欲望を全肯定するような作品が、コロナの後には日本も含めて世界的に流行するかもしれません。
欲望のままに生きる現実世界の人間は反感を持たれ、ネットでもメディアでも叩かれがちですけど、物語の主人公が欲望全開で生きるぶんには喝采を受ける可能性もあると思っています。ただし、それがどのようなタイプの欲望なのかは、まだ読めません。ちょっとした時代の変化でも変わるものでしょうし、どういう欲望が受け入れられるのだろうかと常に考えているところです。
オンラインの加速を背景に新たな働き方を設計
緊急事態宣言をきっかけに、リモートワークを始める企業が増えました。佐渡島さん自身、またコルク社員の皆さんは働き方が変わりましたか。
まず僕については、やはり家で仕事をする機会が多くなり、家族と過ごす時間が長くなりましたね。ただ、僕はもともとオンラインでの仕事が多かったので、感覚としてはあまり変わっていません。
コルクのほうも、以前からオンライン会議は活用していましたし、そこまで大きな変化はありません。社員30人程度の、大きくはない組織ということもありますが、今回ビジネスの基本はオンラインに集約できることを改めて確認できたので、これまで利用していたオフィスを解約することにしました。近々もっと小さなオフィスを借り、バックオフィス機能だけをそこに入れて、社員は月1回だけみんなで会うなど、新しい働き方を設計していこうと考えています。
オンラインへの集約に伴い、「オフライン」での関わり方も見直していくということですね。
はい。今まで社員たちは、なんとなく毎日出社し、何も意識することなく会っていました。そのスタイルを改めて、会うときはしっかりお互いの関係性を深められる会い方をしようということにしたのです。
言うまでもなく、直接会って“しっかり雑談”することはとても大切です。ですが、漠然と出社して顔を合わせても、意外と“しっかり雑談”はしていないんです。せっかく出社したのに「今日は一言も話をしなかったね」では意味がないですから、その点も社員同士が意識してコミュニケーションを取っていくように、設計していこうと考えています。
総じて、今回のコロナをきっかけにオンラインの働き方が加速したという印象ですね。僕自身は働き方がそれほど変わったというわけではないのですが、なぜ人と会うのかを考え直すきっかけにはなりましたし、社員間のコミュニケーション量が減ったぶんをオンラインの朝会でフォローするなど、コミュニケーションのあり方に関する気づきも得られました。
これまでオンラインのやり取りで済ませると失礼になるのではと考えていた社外の方も、この期間にリモートワークを体験し、オンラインでのやり取りもアリだと気づいたでしょうから、その意味でもいいきっかけになると思います。
コロナで生活様式は変わっても、作品は変わらない
コルク所属のクリエイターの皆さんは、この状況にどう対応されていますか。
作家の皆さんは、最初の頃は直接会って打ち合わせをしたいと希望する人が多かったですね。しかし社外の方と同じく、オンライン会議を重ねるうちに自然と慣れてきたのか、今はかなりの部分がオンラインでのやり取りに変わっていっています。クリエイターは世間の空気に敏感な人が多いので、世間全体が恐怖心を持っていると感じたら、その恐怖心に呼応して、自分たちも家からあまり出たくないと思うようになるのかもしれません。
ただし、仕事の仕方や生活様式は変わったけれど、今回のコロナ禍に大きく影響を受けた作品が上がってきているということは、現状まだありません。ここは難しいところなのですが、コロナ禍はもちろん大きな出来事ですけれど、このことに影響を受けすぎて作品を作ると、世の中が元に近い雰囲気に戻ったとき、逆に訴求力が弱い作品になってしまう可能性があるんです。世間はすぐにテンションが変わってしまいますからね。
東日本大震災のときも、発生した3月からしばらくは電気の問題や原発事故のことなど色々あり、社会全体にもう元通りにならないのではないかという空気が満ちていました。しかし夏を過ぎると、少なくとも東京はどんどん日常を取り戻し、街全体から不安が薄れていきましたよね。コロナも、現時点(インタビューを行ったのは2020年6月)ではまだまだ混雑した場所へ行くのに恐怖心のようなものが残っていますし、この重い空気を5年も10年も背負っていかなければという雰囲気も漂っていますが、この先どう変わっていくかはまったく分かりません。
“好き”がコルクの事業を決める基準
事業をするということ、会社を経営するということをどのように考えていますか。
お金は天下の回りもの。事業とは、そのお金を回すことだと考えています。事業を立ち上げるときに、お金の回し先を自分で考えて決めることができるのが、経営者の魅力の一つ。例えば、お金の力を使って世の中を良くしていこうと考え、事業を行うことで実際にその動きへ関与できる良さがあります。「世の中が良くなってほしい」という受け身の姿勢ではなく、「世の中を良くしたい」という主体的な姿勢で社会への価値提供に関われるのがいいですね。
そして入ってきたお金でまた次の取り組みに投資できますし、一方で社員に渡したお金は社会に還元してもらえます。
コルクで行う事業はどのような基準で決めているのですか。
僕はいつも「好きのおすそわけ」と言っています。自分自身がすごく好き、あるいは作家がすごく好きだと思ったものを、その“好き”の魅力が伝わるように発信することで、世間にもいいなと思ってもらう。それがコルクのビジネスだと思っています。
「東大は簡単だ」というセリフの真意
最後に、記事を読んでいる中小企業経営者や個人事業主の方に向けて、メッセージをお願いします。
三田紀房さんの『ドラゴン桜』に、「東大は簡単だ」というセリフが出てきます。世間では東大に入ることは難しいと思われていますが、だからといって「東大は難しい」と考えてしまったら、受験者のレベルが高いとか、合格できる人数が限られているとか、とにかく「難しい」「できない」理由ばかり思い浮かんでしまって、合格するために対策を考えようという気力も湧いてこなくなります。ところが反対に「東大は簡単だ」と考えてしまえば、合格するための一歩目としてどういうことをしてみようかと、チャレンジする気になるんです。
今、コロナが大変で、会社が難しい状況にあると考えると、難しい状況を裏打ちするような情報だけがいくらでも入ってきて、動けなくなってしまうでしょう。そうではなく、「こんな状態を打開するのは簡単だ」「会社の規模が小さいからこそ身動きが利く」というように考え、自分の言葉で口に出してみると、今踏み出すべき第一歩のアイデアが自然と生まれ、気持ちも楽になると思います。
僕自身も、今は変化のチャンスだと捉えています。すべての出来事には必ず裏表がある。「難しい」があるなら「簡単だ」も同時にあるわけです。それなら「簡単だ」と考えて、行動を起こす。むしろこういうときだからこそ、そんな気持ちで臨んでみてもいいのではないでしょうか。
■ プロフィール
佐渡島 庸平(さどしま・ようへい)
株式会社コルク代表取締役
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ・ヨハネスブルクで過ごし、灘高校を経て東京大学文学部に進学。卒業後、2002年講談社に入社。「週刊モーニング」編集部で『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)など数々のヒット作の編集を手掛ける。2012年講談社を退社し、作家の作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行うエージェント会社「コルク」を設立。エンターテインメントの新たなモデル構築を目指し活動を続けている。
■ スタッフクレジット
記事:斉藤俊明 撮影:川田雅宏 編集:日経BPコンサルティング