自撮りしたカジュアルな動画を投稿しはじめた経営者たち
2024年に入って、自撮りのビデオメッセージをソーシャルメディアに投稿する企業幹部たちが増えている。米メディア「ブルームバーグ」の2024年8月の報道(外部サイトに移動します)によると、そのプラットフォームとして頻繁に利用されているのが、ビジネス特化型SNSの「リンクトイン」だ。
リンクトインによると、従業員5000人以上の企業幹部によるリンクトインへの投稿は、過去1年間で23%増えた。さらにこれらのCEOによる投稿は、平均の約4倍の反応があったという。
こうした企業幹部たちの動画投稿トレンドの先駆者の一人として挙げられるのが、米投資運用会社ブラックストーンのジョナサン・グレイ社長兼最高執行責任者(COO)だ。彼のリンクトインのアカウントには、月に数本のビデオがアップロードされる。カンファレンス会場やミーティングの合間に業績や業務の裏話について語る動画もあれば、出張先の東京で朝のランニングをしながら、いかに日本が素晴らしいかを語るカジュアルなものもある。
2024年の第二四半期の決算発表の前日には、その準備に愛犬ルナからアドバイスを受けているという秘密を伝える、ユーモアたっぷりの映像が公開された。
米国のコーポレートコミュニケーションの専門家、クリスティン・カルバーはブルームバーグの取材に応じ、グレイは動画を通じて「米国のお父さん」のような親しみやすさを表現できている、と高く評価している。
また、グレイはブルームバーグの取材に対し、通常、企業トップによるビデオメッセージには、手の込んだ演出がなされているが、それとは異なる、自然でカジュアルな動画を公開しているのは、“私は皆さんと同じような普通の人であること”を伝えるためだと答えている。さらに彼はこう加える。
「ビジネスリーダーはロボットのようなものと認識されています。でも、本当は一生懸命に働いていて、ストレスで頭がいっぱいです。動画を投稿するのには、そういった神秘性を解消するためという側面があるのです」
動画投稿の目的は「人間味」のある関係づくり
グレイのように積極的に動画を公開する企業幹部は増えている。音楽配信サービスのスポティファイ、カナダのeコマース企業のショッピファイ、米小売のウォルマート、オランダ電子機器メーカーのフィリップスなどのCEOもその例だ。
前出のブルームバーグの記事(外部サイトに移動します)によると、ショッピファイの社長、ハーレイ・フィンケルシュタインは、四半期決算発表ごとに、その概要を簡単に解説する動画を公開している。その目的は、人々と「人間的なレベルで繋がる」ことだという。
「決算発表で経営幹部が話すことのほとんどは企業の専門用語ばかりで、プレスリリースを読んでいるかのようです。私が投稿する動画では誰でも理解できるように、四半期に起きたことをわかりやすく説明しています」と述べている。
ソーシャルメディアは幅広い人が目にするため、専門用語を多用する投稿は通用しない。完璧に作り上げられ過ぎた動画も、ただの広告のようで、強い印象を与えない。しかし、企業トップによる親しみやすい動画は、「より大きなブランドのストーリー」を作るのに役立つと前出のコーポレートコミュニケーションの専門家、クリスティン・カルバーは言う。
米メディア「ファスト・カンパニー」の2024年3月の記事(外部サイトに移動します)によると、リンクトインで動画を公開するCEOの目的は、それぞれ異なる。
黒人の若者向けのマーケティングやコンサルティングをする米企業「ブラヴィティ」のモーガン・デボーンCEOは、自身の経験を語る動画を通してブランドに対する親しみを高めようとしているという。「個人的な体験や直面した課題、そこで学んだ教訓を共有することを恐れないでください。人はストーリーや人間性を知ることで繋がるのです」
スイス製薬企業「ノバルティス」のCEO、バス・ナラシムハンは、従業員とコミュニケーションを図るための手段の一つとしてリンクトインを活用しているという。例えば、従業員の投稿にコメントしたり、動画でメッセージを発信したりすることが、リーダーとして、世界中の従業員とカジュアルに接する良い機会になっているようだ。グローバル企業ならではの活用方法だといえるだろう。
また、米クラウドファンディングサービス企業「キックスターター」のCEO、エヴェレット・テイラーは、リンクトインで企業に関するメッセージを発信するのは、人材獲得のためでもあるという。自ら会社がどのような目標を掲げ、それを実現しようとしているのかを語り、企業文化や福利厚生について定期的に投稿することが、優秀な人材を惹きつけるのに役立っているという。
たとえば、テイラーは同社が採用している週4日勤務の体制について、当初は自身も懐疑的だったことを明かしている。しかし、時間が経つにつれてチームの集中力次第で生産性はむしろ向上するという事実を信じられるようになり、今では誇りに思っていると長文の投稿で明かしている。
こうした内心を明かす投稿は、フォロワーとの距離を縮める効果がある。実際、投稿には多くの賛同するコメントやリアクションがつき、キックスターター社の魅力を高めることに成功している。
ソーシャルメディアに動画を投稿することには炎上などのリスクが伴うため、今も多くの企業では広報が事前に内容を確認するなど、かなりの部分でコントロールしている。しかし、ソーシャルメディアのユーザーが見たいのは、より人間らしい関係性を構築できるコンテンツだ。
SNS運用ツールを展開する「スプラウト・ソーシャル」(外部サイトに移動します)は、「経営陣がソーシャルメディアで積極的に活動することで、会社のイメージを“謎めいた企業”から“信頼できるパートナー”へと変えることができる」と解説する。
公の場では見られない“素顔”が伺える企業幹部の自撮り動画は、消費者との距離を近づけるうえで非常に効果的であり、今後は多くの企業に広がっていくに違いない。
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文・編集:クーリエ・ジャポン(講談社)
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