企業が倒産する最たる理由は、「どこからも資金が調達できなくなって、支払が不能になった」から。逆にいえば、お金が尽きない状態をつくれるようになれば、50年、100年と事業を継続することができるわけです。
お金が尽きないようにするために不可欠なのが、キャッシュフローの原理原則や基礎知識。当連載では、「中小企業こそ日本を支える礎である」という理念を持ち、中小企業の財務支援に特化した税理士事務所、エンパワージャパン代表を務めます穂坂光紀がキャッシュフローのポイントや実践的な方法を紹介していきます。
今回は前回に引き続き「銀行の融資」にまつわる、ある企業の実例をご紹介します。財務知識の不足から危機を招いたものの、金融機関の融資担当者に思いが伝わり、支援を受けることができた経営者のお話です。
※守秘義務の観点から、エピソードの一部を実際のものと変更しています。
穂坂光紀氏
経営者の一言が銀行担当者の心を動かした事例
あたりまえですが、銀行などの金融機関は営利企業なので、慈善事業として皆さんの会社にお金を融資しているわけではありません。貸したお金に対する利息収入によって銀行を維持し、銀行員の生活を支えています。金融機関にとって貸したお金が返ってこないということは、資産と利益を同時に失うも同然。そのため、誰にでも無条件にお金を貸すことはできません。
だからこそ融資担当者は決算書などを通じ、客観的な視点から融資可能かを判断しています。そのせいか融資担当者に対し、「冷たい」とか「必要のないときに限ってお金を借りて欲しいと言ってきて、いざというときには貸してくれない」などと、あまり良い印象を持っていない方も多いようです。お金を貸す人=冷血漢というイメージは、ドラマの世界や古くはシェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人」に登場するユダヤ人の金貸しシャイロックのように、固定観念として定着しているのかもしれません。
しかし、融資担当者は決して意地悪がしたいわけでもないですし、可能な限り協力したいと考えている前向きな方も多くいます。今回は多額の借入れに苦しむ経営者の「ある一言」が融資担当者の心を動かし、会社を存続することができた事例を紹介します。
財務知識の不足が招いた会社の危機
Y社(製造業、年商2億円、社員数15名)のS社長は、親から事業を引き継いだ二代目の経営者です。自動車関連メーカーの下請けとして昔は業績が良い時期もありましたが、先代から事業を引き継いだ10年前からはじりじりと業績が落ち込んでいきます。そして、資金が不足するたびに地元の信用金庫から運転資金を調達しながら乗り切るという経営を続けていました。
S社長はもともとエンジニアで機械をいじるのが好きだった一方、会社の経営は先代の言われたとおり行ない、先代の体調不良により代表を譲られてからも先代のやり方をそのまま踏襲していました。社長自ら現場に出て働き、銀行とは必要最低限のやりとりのみ。ある日、会社の翌月の支払いが厳しくなったため、S社長はいつものとおり取引のある信用金庫へ1,000万円の運転資金を借りに行きました。
すると、いつもは融資担当者が対応するのですが、その日は支店長も同席しています。そして、険しい表情でこう切り出されました。
「社長、残念ですが半年前にも運転資金を融資したばかりですし、融資残高もかなりの金額です。これ以上の融資は返済見込みが立ちませんので追加融資は厳しいです」
S社長がこのままでは来月の支払ができない旨を伝えると、支店長からは「まずはリスケ(融資条件変更)をおこなって毎月の返済をストップし、会社の土地建物を売却して立て直しを図ったらどうですか」と提案されたのです。しかし、会社の土地建物は先代が自宅兼工場として創業当時から事業を行なってきた思い入れのある場所です。何とか土地建物は残したいと言いましたが、融資担当者と支店長は渋るだけ。
Y社は先代の創業以来ずっとこの信用金庫のみと取引をしており、自分の会社の内情を一番知ってくれているからこそ、頼りっきりで融資担当者の言われるままにお金を借りてきました。それだけにS社長には納得のいかない思いもあったようです。ただ、そんな思いとは裏腹に具体的な打開策は見いだせないまま途方にくれていました。私がS社長と出会ったのは、そんなタイミング。顧問先のお客様から「資金繰りに苦しんでいる会社があるので、相談にのってほしい」とご紹介いただきました。
私は改めてS社長にこれまでの経緯をお伺いし、問題は「S社長の財務に対する理解不足と、金融機関との関わり方」にあると感じました。なかでも一番の問題点は、一社の信用金庫だけと取引を続けていたため、その信用金庫の言われるままに融資を受けていたこと。また、日頃から融資担当者とコミュニケーションを取っていなかったため、融資条件が必要最低限な状態だったことでした。そこで、すぐに別の金融機関の融資担当者を紹介し、現状をそのまま伝えながら今後はS社長みずからが財務に関する勉強をしながら再建に向けて努力することを意思表示しました。
融資担当者を動かしたS社長の一言
最初は紹介した融資担当者も「正直、本社売却以外での再建は難しいかもしれません」と信用金庫の担当者と同意見であり「なんでもっと早く相談しなかったんですか?」と厳しい指摘がされました。S社長は、いざとなれば信用金庫が助けてくれると他力本願な気持ちでいたのです。しかし、会社のことは経営者自身が一番理解していなければいけません。そして、会社が危険信号であれば経営者自身が早急に対応策を講じなければいけません。
S社長、融資担当者と一緒にどうすれば再建が可能か具体的に協議をしていくなかで、S社長はこう言いました。
「私はこの仕事が好きでエンジニアになりました。良い仕事をしていれば業績はついてくると過信していました。この結果はすべて私の責任ですが、お客さまや取引先のためにもこの仕事は続けていきたい」
それを聞いた融資担当者は、後日支店長と相談し、元の信用金庫の融資残高に1,000万円の追加融資を加えて全額を引き受けることを決定しました。5~6本あった融資を1つにまとめることで毎月の返済額も下がり、資金繰りが大幅に改善されたことで本社売却をせずに済みました。後日、借換えに対応してくれた融資担当者に話を聞いたところ、「S社長は真面目な方で、この仕事が好きだと言いました。この方なら目の前のことから逃げずにやり遂げると思ったので上司に相談して融資を決めました」とのことでした。
目の前のことから逃げない。自分の事業に誇りと愛着を持てる経営者。こういった方には必ず手を差し伸べてくれる協力者が現れます。皆さんは自分の事業のことが好きですか? もう一度、自分は何のためにいまの事業をしているのかを考えてみることが必要です。
■プロフィール
穂坂光紀
1981年、神奈川県小田原市出身。中小企業の財務支援に特化した税理士事務所、エンパワージャパンの代表税理士。「中小企業こそ日本を支える礎である」という理念から、持続可能な社会と企業を創るための「中小企業のための財政支援プログラム」を実施。強固な財務力を持つ優良企業に導く。共著に『七人のサムライ』がある。
■スタッフクレジット
文:穂坂光紀 編集:榎並紀行(やじろべえ)、服部桃子(株式会社CINRA)
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