企業が倒産する最たる理由は、「どこからも資金が調達できなくなって、支払が不能になった」から。逆にいえば、お金が尽きない状態をつくれるようになれば、50年、100年と事業を継続することができるわけです。
お金が尽きないようにするために不可欠なのが、キャッシュフローの原理原則や基礎知識。当連載では、「中小企業こそ日本を支える礎である」という理念を持ち、中小企業の財務支援に特化した税理士事務所、エンパワージャパン代表を務めます穂坂光紀がキャッシュフローのポイントや実践的な方法を紹介していきます。
今回のテーマは、銀行から融資を受けるにあたり試算表の提出を求められた注意点について。実際に銀行担当者から聞いた話を交え、絶対にやってはいけないNG事例を解説します。
穂坂光紀氏
試算表しだいで銀行の態度が変わります
中小企業が銀行から資金調達を行う場合、必ず決算書と試算表の提出を求められます。ここでいう決算書とは、税務署へ提出済みの確定した財務諸表(法人税等の申告書、決算報告書、勘定科目内訳書、法人事業概況説明書など一式)のことを指し、試算表とは現在進行中の貸借対照表と損益計算書を意味します。
決算書はすでに公的機関へ提出しているため、後から変更することは出来ません(もし変更・改ざんしていたら大問題です)。それに対して、試算表は「試算した表」と書くとおり途中段階の計算結果であるため、その後に訂正や変更が行われることがよくあります。しかし、だからといって根拠のない適当な数字で試算表を作って銀行へ提出すると、その後の銀行取引に影響が出ていきます。今回は、銀行担当者から聞いた具体的な事例を紹介します。
試算表を意図的に操作したA社の事例
A社(飲食業、年商6,000万円)がB銀行へ融資の申込みに来ました。A社は以前からB銀行との取引があり、決算のたびに決算書をB銀行へ提出しています。今回は1,000万円を運転資金として借りたいとのことです。社長の話では、今期は業績が良いので、このタイミングで人材の確保や広告戦略などにお金をかけて成長を加速させたいとのことでした。
今期はすでに10カ月が経過していたため直前の試算表を提出してもらったところ、確かに売上も前年比で伸びていますし、営業利益も550万円近く出ています。銀行担当者もこれであれば融資を行っても十分に返済可能だと判断し、上司へ稟議を通して1,000万円の融資を実行しました。
その後、A社の決算が終わりしばらく経った頃合いで、B銀行は決算書の提出を求めました。しかし、そこに記載されていた内容を見て担当者は驚きます。試算表の時には550万円近くあった営業利益が、決算書では200万円の営業損失(赤字)となっているではないですか。それだけではなく法人事業概況説明書に記載されている毎月の売上高の合計が、試算表提出時点のものよりも少なくなっている。つまり、実際の売上高よりも水増しして試算表を作っていたことが判明しました。
後日、A社の社長がB銀行へ来店された際、担当者は社長を面談室へ通して雑談をしつつ、決算で営業損失になっていることについて聞いたそうです。すると「いやぁ、利益が出そうだったから税理士に相談したら、もっと経費を使えって言われたから節税のための保険に加入し、お店に必要なものを購入しました。それから、社員に決算ボーナスも払いました」と言います。さらに売上高が減少していることについても聞いてみると「そうでしたか? 税理士に提出した書類が間違ってしまっていたのかもしれませんね」とはぐらかします。
これを聞いて銀行担当者は確信犯だと感じました。銀行から融資を引き出したいがために意図的に業績が良いような試算表を提出し、実際の決算では税金を支払いたくないため利益が出ない方向へ持っていく。業績が良く、利益が出ているからこそ前向きに協力したいと思っていたのに、実際の確定した決算書では赤字。それならはじめからそう言ってくれた方が対応の仕方もあっただろうし、これじゃあ詐欺と変わらない。銀行担当者はそう心で思ったそうです。
試算表にこそ本性があらわれる
確かに試算表は、あくまでも途中段階の計算結果であり、決算の数字と完全に一致することはありません。しかし、意図的に数字を操作した試算表を提出することは、お互いの信頼関係を壊すこととなります。今回のケースでは1,000万円の融資は既に実行済みなので、銀行側としても一括返還を求めることはありませんでしたが、次回以降の融資に関しては厳しく審査し、担当者もA社の試算表の数字は信用しないと言っていました。
銀行が提出された資料を信用しないということは、今後の銀行融資は最低限の金額と条件でしか借りることができないということです。銀行と良好な関係をつくるためには信用が最重要であり、相手から信用されるためには、最低限「嘘をつかない」「ごまかさない」という態度で向き合う必要があります。あなただって平気で嘘をついたり、本音で話をしてくれない相手とは真剣に関わることはできないですよね。決算書には経営者の性格があらわれると言いますが、試算表には経営者の本性があらわれます。いくら融資を受けたいからといって、事実を歪めて自分を良く見せても、それは後で必ず悪いかたちで自分に返ってきます。
逆に自社の現状と正面から向い、今後の成長のために正直に取り組む姿勢を見せていけば銀行も協力してくれるはずです。銀行に試算表を提出する際にはぜひ、書類を渡すだけでなく会社の現状や今後の展開についても、ごまかすことなく説明してみてください。それだけで、担当者の心象も良くなりますよ。
■プロフィール
穂坂光紀
1981年、神奈川県小田原市出身。中小企業の財務支援に特化した税理士事務所、エンパワージャパンの代表税理士。「中小企業こそ日本を支える礎である」という理念から、持続可能な社会と企業を創るための「中小企業のための財政支援プログラム」を実施。強固な財務力を持つ優良企業に導く。共著に『七人のサムライ』がある。
■スタッフクレジット
文:穂坂光紀 編集:榎並紀行(やじろべえ)、服部桃子(株式会社CINRA)
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