ダンスをしている真剣な表情から打って変わって、取材中は和やかな表情に。ダンサーらしい豊かな表情で真摯な受け答えをしてくれた。
コントロールできない決め事は、作らない。「臨機応変に継続できるもの」だけをルーティン化する
まずは、プロのダンサーとして普段どんな生活を送っているのか教えてください。
基本的には練習中心の生活です。毎朝8時頃には起きて、ストレッチをすることがルーティーンワークになっていますね。その後、近所のスタジオに行くんですけど、12時から17時くらいまでの時間帯に2時間ほど。一番体が動く時間に練習するようにしています。チーム練習があるときは、夜にまた21時-23時で練習するので2部制になります。
ルーティーンワークとなっているのは、朝のストレッチだけですか?
そうですね。自分でコントロールできない決め事は、作らないように意識しているんです。ストレッチなら床とそれなりのスペースさえあれば、海外遠征中であろうとどこでもできます。一方、お風呂につかるとかサウナに行くとかというのは、もしかしたらできない日があるかもしれない。そういう臨機応変に対応できないことは極力排除していて、決めすぎないことを心がけています。
基本的に練習中心の生活とのことですが、ダンス以外の空き時間についても教えてください。
空き時間は買い物したり、ランニングをしたり、編み物をしたり、自宅で映画を観たり。友達と出かけることもありますが、基本的に家が大好きなんです。あとは、週に1回は踊らない日を作っています。他の運動もしない、身体を休めることだけに集中する日です。ダンス以外の予定も、いつもいかに練習に集中できるかを優先して組んでいますね。
ブレイクダンサーと編み物は意外な組み合わせですね。
小学生の頃から母と一緒にやっていたので、今でも裁縫をする時間が好きで、空き時間があればずっと編んでいますね。私は、練習以外の時間にダンスのことを考えることはほとんどないんです。むしろ、ダンスからどう離れるかを意識しているかもしれません。ダンスだけにフォーカスする時間とその他の時間を、両極端にしたいというか、はっきりと切り替えたいんですよ。学生時代から踊っているので、学校の時間と放課後のダンスの時間とを切り分けていたことが始まりだと思います。どっちかで嫌なことがあったとしたら、もう一方が逃げ場になるじゃないですか? ポジティブに考えられない時は、別のことをする、ということが習慣となっていて、今の「切り替え」のつくり方にもつながっていると思います。
今に集中することが前進することにつながると考え、今これがしたいと思ったら、小さいものでも大きなものでも、達成することを大事にしているという。
自分の置かれた状況を客観視できるスタンスは、ふたり姉妹で育ち、次女ならではの性格によるものと自己分析する。姉のAyuも、同じダンスチーム所属するダンサーだ。
自身を「解像度高く」とらえるという、セルフマネージメント術
練習に集中するために予定を組まれているとのことですが、トレーニングはどんな風に組み立てますか? 目標に対して組んでいくのでしょうか?
まず、私は中長期の目標は定めません。目標は常に、次に出場する大会。それが3か月後であったり、2週間後だったり、その時によって様々ですが、その先のことは基本的にあまり考えないです。1つ達成しても次がいつもあるというスタンス。その大会で勝つためにはいま何が必要で、どんな準備をするのか。その整理はかなり細かくやりますね。大会までの日程が近すぎるときは、課題設定に悩むこともあります。新しい技を入れたいけど質が上がらないかもしれない不安、普段より練習を増やしたらケガをしてしまうかもしれないことへのリスク。そこからベストな方法を探すのですが、ときに失敗することもあります。それでも、「間に合わなかったと気づけた」という面では、成功です。頭の中だけで考えているだけではこの結果も残せなかったじゃないですか。もし、結果が悪かったとしても、むしろその経験が次の挑戦に生かすための糧にできると思っています。準備してきたものがどう結果に出せるのかはやってみないと分からないこと。だから、私は失敗を恐れていません。学びを通して次に向かってまた準備をして、挑戦します。準備の仕方も含めてチャレンジしているんです。
大会当日はどのようなことに気をつけていますか?
大会に出るときまでに、自分のやるべきことはやった状態にして挑んでいます。自分にとって大会は戦う場所でもありますけど、まずは楽しむ場所。むしろ、大会までの準備期間こそ一番の戦いです。やるべきことはやって、「後は楽しもう」と思えるところまで準備するんです。心も身体も。真剣に戦うけど、楽しむ。そのためにストレスは持ち込まずに、余白がある状態にしておくんです。
メンタル面も準備されるとのことですが、どのようにコントロールされるのか教えてください。
もちろん落ち込んでしまう日もたくさんあるので、「コントロールできなくてもいいや」と思えるように自分をコントロールしていますね(笑)。人間だし、落ちるときはある。むしろ、落ちてる自分を受け止めることが一番大事だと考えています。落ちてるときは上がれないので、一旦落ちる。でも、どうして自分が落ちているのか、自覚するようにしていますね。大会前だからストレスなのかな、睡眠不足なのかな、低気圧だなとか。何が原因なのかをちゃんと自覚してから、気持ちを切り替えるために編み物をして、走る。そこから離れるための手段を持っておくことは大事です。今やってることと全く関係ない、リフレッシュの手段を持ってるだけで、気持ちは上がりますから。
「大会はパーティーで練習こそ戦い」だという。自分のやるべきことをすべてやって挑んでいるからこそ、大会は楽しむもの。戦いは、準備期間にこそある。
成長するための努力と運。「自分をラッキーと思えている人は強い」
お話を伺ってきて、成長しようという強い気持ちを感じました。成長のために不可欠だと思われていることは何ですか?
努力は絶対です。自分が納得するまで努力をすること。失敗しても悔いが残らないぐらいに努力をすること。ここまでやったのにできなかったんだからもういい、次にいこうと思えるくらいの努力をします。もう1つ欠かせないのが、自分をラッキーだと思えることだと思います。自分がラッキーだと思えない人って、小さな成功に気づけないと思うんです。そもそも、バトル(試合)は人が審査して結果が決まるものなので、どんなに良い準備をしても、負けることがあるんです。だから運を味方につけなくちゃいけない。自分はラッキーだと思って挑む気持ちが大事なんです。
私は大舞台とか性格的には苦手で、学校の授業で何かを発表することも嫌なくらい、目立つことが嫌いなタイプなんです(笑)。それが、ブレイクダンスが好きで、その気持ちを大事にしてきたらいつの間にか大きい舞台に立っていた。大きな舞台に立ちたいからダンスをしてきたわけではないんです。でも、苦手だと分かっているからこそ、たくさん準備をする。私は誰よりも自分は用意周到だと思っています。自分がやると決めたことは、悔いがないくらい、限界まで準備します。フィジカル面だけではなくて、気持ちのイメージトレーニングもします。そこが自分の弱いところだから。緊張しないように、強くいられるように。そのために努力をするし、やり切る。それが結果につながらないときもあるけれど、「やってきた事実は変わらない、今までやってきたこの練習は誰にも負けてない、次につながる自信がある」と思って取り組んでいます。その過程って、そもそも誰にも見られないじゃないですか。だから人にはわからないけど逆に、自分でしか信じられない部分。その「自分だけが信じられるもの」を持っていることが強さにつながっていくのかもしれないなって思っています。
■プロフィール
湯浅 亜実(Ami)
1998年生まれ。Good Foot Crew所属。姉の影響で小学1年からヒップホップ、小学5年からブレイキンをはじめる。国内の女性ブレイクダンサーの先駆けとして、数々の世界大会で優勝。これまでにBattle of the Year 2016 2 on 2 B-Girl優勝、Silverback Open 2017 B-Girl優勝、Undisputed World B-Boy Series 2017 B-Girl優勝、そして2018年Red Bull BC One B-Girl初代チャンピオン、2019年第1回WDSF世界選手権も優勝に輝くなど好成績を残す。
@gfc_ami(外部サイトに移動します)
■スタッフクレジット
写真:村松賢一 取材・文:村松亮 編集:荒川千絵(AKQA)