SNSなどで、誰もが自由に何かを表現できる時代。個人クリエイターが収益を得られるプラットフォームも充実し、アートやコンテンツ制作を生業にするチャンスが広がっています。実際、個人の情報発信や創作物などによって形成される「クリエイターエコノミー」の経済圏は拡大し続け、その総市場規模は2021年時点で年間1,000億ドルを超えるという試算も(NeoReach Social Intelligence APIとInfluencer Marketing Hubの共同調査)。
しかし、その一方で、さまざまな問題も表面化しています。特に目立つのが、著作権をはじめとする権利侵害のトラブル。自分の作品が第三者にウェブ上で勝手に使われてしまったり、逆に、無自覚に他者の著作権を侵害してしまったりするケースも考えられます。また、企業が個人クリエイターと仕事をする際に、作品の取り扱いをめぐって訴訟にまで発展するケースもあるようです。
こうしたトラブルを防ぐために、アートビジネスに関わる企業やフリーランスで活動するクリエイターなどは、どのようなリテラシーを身につけるべきなのでしょうか? また、トラブルを未然に防ぐ方法はあるのでしょうか? 知的財産権にまつわる訴訟を数多く手掛けるとともに、アート・ローに注力して取り組む弁護士の木村剛大氏(小林・弓削田法律事務所)に、最低限おさえておくべきポイントをうかがいました。
木村剛大氏
多発する権利侵害のトラブル
――いまや誰もがクリエイターになれる時代ですが、分母が拡大すればトラブルの種も増えます。実際、どんな相談が寄せられていますか?
やはり、著作権をはじめとする権利侵害のトラブルが多い印象です。例えば、アーティストやクリエイターが他の事業者と仕事をする際に、作品の権利について明確に定めていないために後々トラブルへと発展するケースが目立ちます。
――具体的に、どのような事例があるのでしょうか?
近年ではブロックチェーン上の「NFT(非代替性トークン)」を活用したデジタルアートの売買が活発になっていますが、取引の増加に伴いトラブルも表面化しています。
2022年1月にも、ニューヨークのギャラリーTamarindArtがインドの著名なアーティストMFフセイン(Maqbool Fida Husain)の財団に対して著作権侵害がないことの確認を求めて裁判を起こしました。ギャラリーが2002年に40万ドルで購入して所有するアーティストの作品「Lightning」をデジタル化し、NFTをつけて販売するプロジェクトを発表したのですが、これに対して、財団がギャラリーはNFTプロジェクトを行う権利はないとクレームをつけたんです。ギャラリーは、20年前に作品を販売する際に、デジタルデータを作成して販売する場合を含むライセンスを受けたと主張しています。もちろん、2002年に将来デジタルデータにNFTをつけて販売するとは両者ともに思っていなかったでしょうから、裁判所がどのように契約内容を解釈するか注目です。
また、2022年2月には著作権以外にも、ナイキが中古スニーカーのオンライン取引所である「ストックX」を「許可なくナイキの商標を使ったNFTを発行し、販売している」として商標権侵害等を主張して訴訟を起こしました。このように、他人の著作物はもちろんのこと、商標やブランドイメージに影響するNFTの発行も、権利者から訴えを起こされることがあります。実際、世界ではこうした事例が増えていて、日本でもこれから表面化してくるのではないかと思います。
――最近では、クリエイター自身が著作権侵害をしてしまうケースについて耳にすることも増えているように感じます。
増えているというよりも、表面化しやすくなったのだと思います。昨今問題になることが多い他人の写真を素材として自分の作品をつくるような話って、以前からありましたから。ただ、いまは著作権侵害の疑惑が広まると、クリエイターとしてのレピュテーション(信用)に対する社会的なダメージがあまりにも大きい。だからこそクリエイターも、クリエイターに発注する企業側も、より注意しなければならないと思います。
――しかし、オマージュ作品であれば問題とならないケースもあり、線引きが曖昧なところもあります。
オマージュだから法的に問題がないわけではありませんが、たしかに、実際には侵害にあたるようなケースでも、権利者が問題にしないことも多々あります。例えば、とあるアーティストが一点もののアート作品として有名なあるキャラクターを描いたとします。これについてはキャラクターの権利者に許可をとっていなくても、黙認されているケースも多いです。権利者側からすれば「問い合わせを受ければ許可は出せないけど、あえてこちらからクレームをつけるまででもない」というスタンスですね。逆に、いかなる二次創作も認めない方針の権利者もいますし、結局のところ権利者のスタンス次第なんです。そのため、アーティストから相談を受けるときに、なぜその著作物を使用する必要があるのか、創作意図や著作物へのリスペクトを作品の説明としてできるだけ丁寧に記載することをアドバイスすることもあります。権利者に権利行使するまでもないと思ってもらうためのひとつの方法です。法理論だけでは単純に語れないのが、著作権の難しいところですね。
作品の利用条件を、あらかじめ定めておく
――トラブルを未然に防ぐには、どうすればいいでしょうか? クリエイター側の視点で、自分の作品をウェブ上で発表したり、NFTアートを販売したりする際に、その権利を侵害されないためにできることはありますか?
作品をウェブ上で広く公開する場合でも、利用条件を定めることは大事だと思います。商用利用もOKか? 二次利用を許可するのか? 個人的な使用が目的であればダウンロードしてTシャツなどにプリントすることはできるのか? など、その作品に対して利用者ができることを、あらかじめ示しておくべきです。
また、NFTアートを販売する場合も同様です。購入者に対して、「その作品を自身で鑑賞すること以外に、何をどこまで許可するのか」というライセンスの範囲を明確にしておく必要があります。例えば、オフラインのギャラリーやオンライン(メタバース)ギャラリーでデジタルコンテンツを展示すること自体はOKでも、入場料をとるなど営利目的の場合もOKとするのか、NGとするのかといった具合に、細かい部分まで利用範囲を決めておくことですね。
――利用条件を定めたとしても守られないケースもあると思います。
その場合の対処法は難しいですが、個人でも対応できることはあります。例えばSNSで作品を無断使用されたら、その都度、運営元の企業に削除の申し入れをする。悪質な場合は弁護士に依頼して、警告書を出す。フリーランスのクリエイターの場合はかけられる時間やコストが限られますが、権利侵害に対して泣き寝入りしない姿勢を示すことは大切です。
――では、クリエイターに仕事を発注する側の視点ではいかがでしょうか? クリエイターと仕事をする場合に、トラブルを未然に防ぐための対策はありますか?
やはり事前に権利関係の取り決めをしておくことでしょう。特に企業とフリーランスのクリエイター間では契約書を交わさずに仕事が始まることも多く、後に問題になるケースが多い印象です。例えば、企業のウェブ媒体に掲載する目的で発注されたイラストを、ウェブ媒体だけでなく無断で印刷物やパッケージにも展開して使用し、クリエイターからクレームを受けるケースなどですね。
企業側からすると制作費を支払ったのだから自由に使ってもいいはずだと考えてしまうかもしれません。しかし、原則として著作権は著作物を「つくった人」にあります。たとえお金を払って発注していても、発注者側に当然に著作権が譲渡されるわけではありません。明確に取り決めがない場合はあくまで合意した範囲で発注者が著作物を使えることの対価と評価されるのが通常です。ですから、先ほどのケースでもイラストをウェブ媒体以外に使用する場合、クリエイター側は別料金を請求することができます。発注者とクリエイターとの間に認識のずれが生じないようにしてトラブルを防ぐためにも、契約書で作品の利用範囲を明確にしておくことが重要です。
――事前に契約書を交わすことがクリエイターと企業の双方を守ることにつながるわけですね。しかし、発注を受けるクリエイター側の立場からすると、クライアントである企業に対して「契約書を交わしてほしい」とは言いづらいかもしれません。
その場合は制作費の見積書の備考欄などに、ラフな条件でも結構ですので記載しておくとよいです。例えば、「著作権の譲渡は含まない」や「利用範囲はウェブ媒体とする」といった具合ですね。それだけでも十分に有効な証拠になります。手間もかかりませんし、オススメの方法です。
あいだに人が介在するほどトラブルのリスクは高まる
――NFTの場合はよりリスクヘッジが必要かと思われますが、利用範囲のほかに契約書で定めておくべきことがあるのでしょうか?
NFTマーケットプレイスで作品を販売する可能性がある場合は、事業者とクリエイターのいずれが発行者になるのか、どのブロックチェーンを使うのか、エディションはいくつにするのか、二次流通の際のロイヤルティの配分をするのかといった点を決めておくほうがいいでしょう。このあたりは企業の考え方やクリエイターのスタンスによってさまざまで、正解はありません。だからこそ、どんな契約を設計するか工夫のしようがあると思います。
ただ、難しいのは発注元の企業とクリエイターのあいだに、代理店や制作会社が入るケースです。企業と制作委託をしている代理店のあいだでは契約書を交わしていても、代理店がクリエイターに依頼をする際には権利処理に関する取り決めがおざなりになっていることは少なくありません。過去の事例を見ても、代理店や制作会社がクリエイターと契約を交わしていなかったために裁判にまで発展してしまうことが多いですね。
――その場合でも、発注元の企業の責任が問われるのでしょうか?
発注元の企業ではなく代理店や制作会社が責任を負うべきケースもありますし、たとえ制作委託をしていたとしても発注元の企業は委託先で権利処理が適切になされているかはしっかり確認をするべきで、責任は免れないという裁判例もあります。
ですから、発注元である企業として考えた際に最も安全な方法は、代理店などに対し、クリエイターと著作権の取り扱いについて定めた契約書を提出するよう求めることです。もちろん手間はかかりますが、あいだに入る人が多ければ多いほどトラブルは起きやすくなるので、できれば確認しておいたほうがいいでしょう。
――最後に、可能性が拡がるアート市場で挑戦しようと思われている方にメッセージをいただけますか?
アートやクリエイティブを扱うビジネスを手がけるにあたっては、ハードルが高いと感じられる部分が多いかもしれません。しかし、その分とても挑戦のしがいのある、世界を舞台にできる魅力的な市場でもあると思います。
特に、いまはクリエイターエコノミーという経済圏が生まれたことで、クリエイターや新たにアートビジネスを展開したい企業にとっては大きなチャンスが広がっています。それこそ、これからはNFTアートでいきなり世界的に評価される新しいスターも出てくるはずです。そんな大きな可能性を秘めたマーケットですから、ぜひチャレンジしてほしいと個人的には思います。
■プロフィール
木村剛大(小林・弓削田法律事務所)
弁護士(日本、ニューヨーク州、ワシントンDC)。知的財産権を主な取り扱い分野とし、現在は知財訴訟に加えてアート(Art Law)、エンターテインメント(特に音楽)分野の契約、法律相談、紛争案件を数多く取り扱う。ライフワークとして取り組むArt Law分野では、アーティスト、アートギャラリー、アート系スタートアップ、美術館、キュレーター、アートコンサルタント、コレクター、パブリックアート・コンサルタント会社、アートメディア、アートプロジェクトに関わる各種企業にアドバイスを提供するとともに、「ウェブ版美術手帖」、「広告」(博報堂)、「Forbes JAPAN」などのメディアに記事を寄稿し、「Art Lawを日本へ」を掲げて活動を続けている。
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:榎並紀行(やじろべえ)、服部桃子(CINRA)