自社の商品を魅力的に育てたい。多くの経営者に共通する思いでしょう。そのためにはブランディングも大切な要素となります。しかし、ブランディングにはデザインやマーケティング、プロモーションなど、幅広い分野の知見・ノウハウを必要とし、一筋縄ではいかないイメージも。
そんな悩める経営者にとってヒントになりそうなのが、製菓企業「BAKE」のブランディング術です。同社が手がけるお菓子は美味しさだけでなく、個性的かつ美しいデザインも支持され、根強いファンを獲得。現在では、焼きたてチーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」やバターサンド専門店「PRESS BUTTER SAND」など、9つのブランドを展開しています。
BAKEでは、商品企画からコンセプトの設計、パッケージや店舗のデザインに至るまで、自社でつくり込んでいるのだとか。そんなクリエイティブへのこだわりが、幅広く支持される魅力的なブランド作りにつながっているようです。自らもデサイナーであり、BAKEのクリエイティブを統括するCCO (Chief Creative Officer)の柿﨑弓子氏が語る、ブランディングにおけるクリエイティブ作りにおいて大切にしていること、具体的なアプローチとは?
見慣れた道具も、視点を変えれば「面白い」ポイントがたくさんある
――BAKEのブランドにはいずれも人気で、根強い固定ファンがついています。なぜ、魅力的なブランドを次々と生み出せているのでしょうか?
新しいブランドをつくる際に大切にしているポイントはいくつもありますが、強みを一つ挙げるとすると、商品企画やブランドコンセプトの設計、デザイン、さらには製造から販売まで、全てを一貫して自社で行えることではないかと思います。
その一連の流れのなかで、工場の職人やショップのスタッフなど、さまざまな人の視点を取り入れ、ヒントを得ることができるんです。
――決して、クリエイターだけがクリエイティブデザインをつくっているわけではないと。
その通りです。例えば、「PRESS BUTTER SAND」という商品は、開発現場にあった試作機からインスピレーションを得て、デザインのイメージがつくられていきました。
私がまず驚いたのは、試作品を焼く「分厚い鉄の塊」です。たい焼き器のような2枚の鉄板で生地を挟み、ガス台の上に乗せて直火で焼いていました。クッキーというより、まるで魚を焼いているみたいで、これは面白いなあと。そこから、「鉄」「炎」、職人が手づくりする「温かみ」など、さまざまな要素を拾ってデザインのソースにしています。
PRESS BUTTER SANDのパッケージ
――職人からすると使い慣れた道具でも、ほかの人が見れば面白いと感じるポイントがあると。そういったものをいかに発見するかが大事なんですね。
そうですね。開発側が普段あまり意識していない部分に、意外と商品の特徴が隠れていたりもします。だからこそ、クリエイティブの最初の段階で、なるべくさまざまな情報を見聞きしてインプットすることが大事なんです。以前、私はデザイン事務所でクライアントワークをしていたのですが、当時はそこまで現場に入り込んで見ることはできず、与えられた情報のなかで考えるしかありませんでした。でも、クライアントから渡されるブリーフシートに書かれていない情報のなかにこそ、その商品で本当に際立たせるべき個性が眠っていることもあるのだと、BAKEに来てから実感しましたね。
――それ以外に、BAKEならではの強みはありますか?
ストアの運営も国内の場合ほぼ自社で行っているため、商品が世に出た後もお客さまの声や反応を伺いながら、ブランドを育てていけることも大きな利点ですね。ブランドには鮮度があって、何もしなければどんどん古くなってしまいます。イメージを保ちつつ、継続的にアップデートしていくことが大事なんです。ストアとクリエイターが連携してそれができるのも、BAKEのブランディングの強みかなと思います。
柿﨑弓子氏
ブランドのコンセプトは「ひたすら考える」
――ブランドの立ち上げは、どのようなフローで行われるのでしょうか?
最初のステップは、やはり情報収集です。さまざまな部署の人たちにアンケートをとったり、先ほどお話したように開発の現場に足を運んで話をしたり。ときには、素材を提供してくださる生産者さんに会いに行って、インタビューをすることもあります。単に情報を聞き出すだけでなく、関わる人たちの熱い思いに触れたいという狙いもありますね。
例えば、「Chocolaphil」というガトーショコラのブランドをつくったときは、素材を提供してくださる会社に10人くらいでヒヤリングへうかがいました。クリエイティブのメンバーだけでなく、広報や店舗デザインのメンバーも一緒でした。
――10人も! それは、やはりさまざまな人の視点を取り入れるためなのでしょうか?
そうですね。同じ話を聞いたとしても、立場によって感じるものは異なります。それぞれに「ボールド(太字)」で聞こえる部分があるんです。それをいかにたくさん集められるかが、コンセプトをつくる際には重要だと思います。
――では、その次のステップはどのようなものでしょうか?
集めた情報をもとに、ブランドのコンセプトを設計していきます。一見すると、あまり関連性がなさそうな情報同士でも、順番を入れ替えてみたり、繋ぎ方次第で筋の通ったストーリーになっていったりするんです。素材の特性や生産者さんの思い、開発現場の声。それらを、どういう言葉なら1本でつなぐことができるのか……ひたすら考えることで「ピン」とくる瞬間があります。どの角度から見ても違和感がないものができあがるまで、とにかく粘り続けることが大事ですね。そこからは、デザインなど具体的なアウトプットに落とし込んでいく作業になります。
――ひたすら考える……。シンプルですが、とても大変な作業ですよね。思考を助けてくれる方法や、コツのようなものはありますか?
コツというか私が実践しているのは、一つひとつのキーワードを深く掘り下げること。例えばChocolaphilは、広大な海を連想させる鮮やかな青色「ウルトラマリンブルー」がブランドカラーになっていますが、そこに行き着くまで「青色」について徹底的に調べました。青という色は何から生まれたのか、どんなふうに現代の青という概念になったのか……など、かなり深いところまで掘っていきましたね。
そうやって追いかけていくと、面白い発見があるんです。例えば、天然のウルトラマリンの原料になるラピスラズリという鉱石は、ヨーロッパの近くではアフガニスタンでしか取れず、それが地中海を超えて海路で運ばれたので「海を越えてきた青」という意味を持っているんです。その意味を知り、Chocolaphilの核にあるカカオもまた、はるばると海を越えてやってきた、というイメージが繋がり、ブランドカラーに選びました。
Chocolaphilのキービジュアル
――「青」の歴史まで……。掘り下げ方のレベルが想像以上でした。
半分は趣味みたいなものですけどね(笑)。ただ、調べているなかで、ふいにイメージと言葉がぴったり重なり合うことがあるんです。そういう思考の飛ばし方をすると、オリジナリティーのある文脈が生まれることが多い気がします。
ただ、自分一人で悶々と考え続けていても煮詰まってしまうので、自分のなかで腑に落ちるものができたら、どんどん周囲に伝えていきます。ある程度、荒い段階でも誰かにぶつけてみて「意味わかる?」と。とはいえ、私はコピーライターではないので、言葉だけで伝えてもインパクトが弱い。必ず、ざっくりとしたデザインのイメージと一緒に「こんなふうにしたい」とコミュニケーションしていますね。
ブランドやサービスを「人」に置き換えてみる
――多くの中小零細企業は自社にクリエイティブな機能を持たず、商品のデザインやブランディングを外部のデザイン会社などに委託するケースが多いと思います。その際に、最も重視すべきことは何でしょうか?
デザインの設計図となるクリエイティブブリーフシートですね。最初から外部のクリエイターに丸投げするのではなく、まずは自分たち自身で商品やブランドに対する考えをまとめておく必要があると思います。例えば、内部の意見や関連情報を収集して、ある程度の方向性を示しておく。そのうえで、表現の部分はプロにお任せするのがいいのではないでしょうか。何一つ決まっていない状態で丸投げすることは避けるべきです。デザイン事務所にいた際にそういうことがありましたが、その場合、核となる部分にズレが生じてしまうことがあります。どちらにとってもいいことはないと思います。
――例えば、発注者側が最低限これだけは決めておくべきこと、というのはあるのでしょうか?
やはり、その会社らしさ、ブランドらしさがどこにあるのか、という点ですね。何か新しいプロダクトをデザインするにしても、その根幹さえ最初に把握できていれば、あまりおかしなことにはならないですから。
ブリーフシートの段階では、綺麗な言葉になっていなくていいんです。むしろ、かっこよく書こうとせずに、メモ書きレベルでいいからストレートな思いを共有してほしい。そのほうが、クリエイターはやりやすいと思います。
――ただ、表現することに慣れていないと、どうしても抽象的な言葉になってしまいがちです。
確かに、「かわいい」「明るい」「華やか」といった形容詞だけだと、人によって感覚も違うので正確に共有するのが難しいかもしれませんね。
私がよく使うのは、ブランドやサービスを「人」に置き換えるというやり方です。どういう人でありたいのか? 出会いたい、喜ばせたいのはどんな人なのか? 「性格」や「人となり」のようなところまで具体的にアウトプットすると、ディテールが伝わりやすいと思います。
――まずは経営者自身が、会社やブランドについて見つめ直し、言語化することが第一歩になるのかもしれませんね。
そのとおりです。そして、それを考える際には、会社やプロダクトの「始まり」にフォーカスすると、浮かんできやすいと思います。もともと、誰がどんな思いで立ち上げた会社なのか、何を解決したいと考えてブランドをつくったのか。まずはそこを起点に考えてみる。そうすれば、おのずと自分たちらしさというものも見えてくるのではないでしょうか。
■プロフィール
柿﨑弓子
武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科卒業後、デザイン事務所を経て、2016年に株式会社BAKEに入社。各ブランドのプロモーションや店舗グラフィックの制作、PRESS BUTTER SANDなどの立ち上げに携わる。現在は同社chief creative officerとして、同社のクリエイティブを統括。
BAKE INC. ※外部リンクに移動します
■スタッフクレジット
取材・文:榎並紀行(やじろべえ) 編集:服部桃子(CINRA)
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