「答えは現場に。お客様に聞き現場の視点を掘り下げる」
全ての扱い商品を身に着けて書き出した疑問
2021年12月現在、919店舗を展開するワークマンですが、小濱さんが入社当時はまだ200店舗に達していませんでした。どんな新入社員時代でしたか?
新入社員は当時も今もまず店に配属され、店長研修の形で店舗営業を経験します。そこでお客様と接することや商品に触れることが、のちのち非常に役に立つのです。私が入社したころの直営店はプロの職人さんが来店しない時間帯はとにかく暇だったので、店舗を担当するスーパーバイザーに許可をもらって全部の商品を試してみました。それまでニッカズボンや安全帯を着けたことはありませんから、実際に商品を身に着けてみるといろいろな疑問が出てくる。それを買いにいらしたお客様に聞いていました。
例えば手袋を買うお客様に、「この手袋は硬いですが使いにくくないですか」と聞くと、「重いものを持つのでこのぐらいがっしりしていないと、長持ちしないよ」と教えてもらえる。商品のいいところも悪いところも、実際に使っている人の言葉を聞いて、 商品知識がついていきました。これはワークマンの伝統で、先輩からも、「商品のことを最もよく知っているのは毎日使っているお客様だ。お客様の声を聞け」と叩き込まれます。
質問することで、理解と関係を深めていくわけですね。
バイヤー時代には、取引先にいろいろなことを質問していました。一方的に質問するだけでは対等な関係を築けませんから、例えばこの素材はなぜこの配合なのか、このパーツはどういう役割があるのか、小さな疑問や気づきをその都度質問し、A社で聞いた商品知識や新たに生まれた疑問がB社との商談で活き、B社で得た知識をC社の商談で活かしていました。
今でも疑問に思ったらまず聞いてみるという姿勢は変わりません。社員にもクエスチョンマークが頭に浮かんだら、そのままにしないで、どんどん聞いて必ずクエスチョンマークは消してほしいと話しています。ネットで調べることはできますが、できれば人に聞いた方がいいよと言っているのです。聞くとプラスアルファを教えてくれる人もいますし、周りの人も改めて気づくことがある。そういうことを質問してもいいんだと安心する人もいます。多くの副次効果が生まれるからです。
PB化に向けてサポートしてくれたのは長年の取引先
2010年代半ば以降、ワークマンはプロの作業着だけでなくアウトドアやスポーツでも使えるPB商品の開発を開始。その陣頭指揮を執って手腕を発揮されました。
それまでにもPB的な商品はありましたが、メーカーに製造も管理もお任せで、例えばワークマン用のズボンを作ってもらうという形でした。それをこれからは自ら企画・製造・販売をしていこうということで、海外商品部が立ち上がり、自社で発注から輸入までをやることになったのです。
当初はわずか2人の小さな部署でした。伝手もないし言葉もしゃべれない中で、海外の協力工場を探すところから始めたのです。貿易をしたことがないので、パーチェスオーダーが必要なことすら知らなかったぐらいです。しかしゼロからのスタートということは、社内に失敗したことがある人もいないわけですから、どんどんやりたいことに挑戦できた。それはラッキーでしたね。
ありがたかったのは、商品部のバイヤーをやっていたときの取引先の人が非常に助けてくれたことです。ある意味、製造小売りはメーカーからするとライバルみたいなものですが、教えてくれる人が多かった。こういうミスをすることが多い、ここはチェックした方がいいよとか。パーチェスオーダーのテンプレートも取引先の人が使っているものを見せてくれて、参照させてもらったくらいです。
そこまでしてもらえたのは、先輩バイヤーをはじめ様々な部署が脈々と培ってきた関係、積み上げてきた信頼感があったのだと思います。
ウソをつかない。誠実であることが信頼感の礎
それだけの関係性や信頼感の土台になっているのは、何なのでしょう。
一番はウソをつかないことなのだと思います。PBに限らず仕入れも全てに通じることですが、例えば、5万個を買うので卸値70円にしてほしいと言って、2万個しか買わなかったらウソをついたことになる。だったら、最初から「5万個を売りたいが、売れないかもしれないので、2万・2万・1万の計画で作ってもらえますか」と聞いた方がいい。卸値は最終的には70円にしてほしいが現時点で無理だとしたら、2万個売れた時点で金額はもう1回商談させてもらいたいと言えば、ウソがありません。
2万個しか売れなかったとしても、次の商談のときにはもっとこうしたらどうだとアドバイスをもらえます。逆に5万個を売ることができたら、次はこういう商品で一緒にやりませんかと商売も広がっていきます。
低価格・高機能でなければ商品化しない
売り上げに対するPB商品の比率は21年3月期で60%を超えています。他社にはない高機能・低価格PBを実現できている秘密を教えてください。
徹底した「価格ファースト」です。まず売価を決め、それに対してどれだけ機能を足していけるかを考えます。例えば市場調査などでTシャツの魅力ある価格設定が580円だとしたら、ワークマンは原価率を基本的に65%にしていますので、その範囲でどんな機能が付けられるかと考える。ジョギングやウォーキングに着るTシャツなら、暗いときも安全なように反射プリントは入れたい、さらに吸汗速乾でないと不快ですからこの2つの機能は絶対に必要です。必要な機能がもう1つあるのにそれを付けたら価格が上がってしまうとしたら、それは商品化しません。違うものを考えます。
低価格の実現については、ローコスト経営など様々な要素がありますが、EDLP(エブリディ・ロー・プライス)の商品政策をとっていることも大きな特徴です。最初から価格を抑えているため値引きをしません。値下げするための業務が減り、生産や在庫管理が楽になる。また、価格変動によるデータのばらつきがなくなるため、販売予測の精度が上がり、次回の生産数を適正化できるのです。
もう1つの特徴は、開発した商品は5年間継続販売をすることです。来年も同じ商品を値下げせず販売するので、生産数が多くなり、工場にも価格を抑える交渉がしやすくなります。さらに言えば、私が海外商品部当時から続くお付き合いの工場も多く10年、15年になります。早めに計画を伝え、5年間の見通しが立つことで、工場としては生地も相場が安いときに手配ができる。縫製も閑散期に先行しておくことができるなどのメリットがあります。
信頼関係を築き、早めに情報を開示することで、先方にも努力してもらえています。
「データ分析経営で好調なときこそ次のステージへの課題に取り組む」
より多くのお客様に必要とされることが企業価値
売り上げはこの4年間で倍増し、一般のお客様も使用できるPB商品の「アクティブハイクシューズ」は年間50万足を販売するなど、次々とヒット商品を出しています。一般のお客様向けの商品はいつ、なぜ誕生したのですか?
これまでワークマンは、プロのお客様向けの商品を扱う専門店でしたが、人口減少とともに特別な技能を持ったプロの職人さんも減ってきている。このままでは1,000店舗1,000億円が限界で、そこで会社の成長が止まってしまうという危機感がありました。 私共はフランチャイズ・システムによるチェーン店ですから、顧客数は重要です。お客様がいかにワークマンを必要とし、利用してくれるかで企業価値が決まります。
そこで、プロのお客様だけでなく一般のお客様にも使える商品をつくり、これまで利用したことがなかったビジネスマンや女性にも客層を拡大するために、一般のお客様でも使用できるPBを拡充しました。16年に、作業服のために開発した機能を活かして3ブランド、アウトドアウエアの「FieldCore」、スポーツウエアの「Find- Out」、レインウエアの「AEGIS(イージス)」を立ち上げました。
店舗も、18年には一般客向けの高機能カジュアルウエアをプラスした新業態店舗「ワークマンプラス」の1号店を開店し、20年10月には女性客を主体とした「#ワークマン女子」1 号店を開店したのです。
一般向け商品、新業態の運営に「勘」ではなく「データ」で
「ワークマンプラス」はすでに321店舗。「#ワークマン女子」も1号店は40日間も入場制限が行われたほどの盛況ぶりで、その売り上げが業績をけん引していますが、これだけの成功は予測できましたか?
ワークマンは40年間、作業服や作業用品を扱ってきたので、その分野では経験値があります。例えば農家の方には土汚れが目立たないベージュが好まれる、油シミはベージュではむしろ目立つので、工場作業などには紺の方が売れるなど、売れ筋も商品の回転も長年の蓄積があるので見込みが立ちます。しかし、一般の人向けの商品や新業態の店舗では、全く今までの勘は 通用しません。何が正解で何が間違いかは誰にも分かりませんでした。
ですから、データを使って因果関係の仮説を立て、分析し検証して改善につなげる必要がありました。そのデータ分析を全てのスーパーバイザー(以下、SV)が行えるようにした。全社員がエクセルを使った分析手法を研修で学んでいます。
現場で数字を捉え、判断し、チャレンジする
本部に専門部署を設けてコントロールするスタイルではなく、全員が学ぶのはなぜですか?
何か新しいことが起きるのは現場からなのです。お客様の声も集まりますし、商品の動きのリアルタイムの変化も現場でしかわかりません。前週は販売が20だったが、翌週置き方を変えたら30になった。例えばトータルコーディネートで商品を一緒に並べてみたことで売り上げが上がったのではないかと仮説を立てたら、併売率を出す。仮説に基づいて担当の10店舗でやってみて検証し、他の店舗や商品の売り方にも応用していける。
SVが現場の数字を見て自分で工夫できて、その結果をデータで確認できると、どんどんやる気が出ます。店長にもデータを見てもらいながら話すことで説得力が増しますし、結果が出ることで店長からもこんなデータが欲しいと言ってもらえるようになる。使えるデータが集まって、さらに使えるシステムになっていくという好循環になります。
“全員データ分析”はどうやって実現したのですか?
データに精通している人を、どこかから引き抜いたりスカウトしたりということは一切やっていません。商品分析システムの導入研修後に、データ分析をルーティン化させるための仕組み作りをしました。第1週はこれを分析する、第2週はこれ、第3週はこれ、第4週はそれをもとに店長に提案してみようと。
社員は、数学やパソコンが得意な人が多いわけではありません。ただ、現場でこういう数字があると店長とも話しやすいし、役に立つと実際にわかっているので、好きな人が分析チームを作って勉強会をしたり、社内でスキルアップ研修をしたりしています。
私も時間が許せば研修に出席しています。自分で関数を組み合わせて作り出せる技能はありませんが、こういうことを知りたいときにもデータが使えるのだという発見があります。
3業態・1,500店体制で “For the Customers” を追求
今後の成長戦略を教えてください。
「ワークマン」「ワークマンプラス」「#ワークマン女子」の3業態で1,500店舗体制にしていきます。そのためには、プロも一般客も買いやすい店にしていくことが重要だと考えています。
「ワークマンプラス」は、ロードサイドを中心に既存店のスクラップ&ビルドで「ワークマン」からの業態変換も進めています。というのも、以前は1店舗で売り上げ1億円。土地300坪で、建物100坪、駐車場が8~15台が標準でした。ワークマンの商品が一般のお客様にも注目されるようになったことで既存店が混んでしまい、プロのお客様が駐車場に止められないなどの問題が発生しています。業態変換も進めながら、店舗の売り場面積130坪、駐車台数も20台以上を標準化していきたいと考えています。
「#ワークマン女子」については、プロの職人さんが買いやすくなるようにしたいという思いもありました。「ワークマン」と「ワークマンプラス」は同じ商品を扱っていますが、一般のお客様が増えたことで職人から買いづらいという声も寄せられていましたので、一般客向けの商品だけを集めた「#ワークマン女子」を出すことで、一般のお客様も買いやすく、「ワークマン」から分散させることもできます。
流通チャネルとしては、ネットとリアルの融合を推進しています。13年からオンラインストアを開始していますが、ネットのお客様を店舗に送客したいという狙いもあって、店舗受け取りを進め、現状7割に達しています。店舗受け取りにすることで、初めての方も来店しやすくなりますし、その場で試着やサイズ交換が可能になる。ネット注文が入った際に、最寄り店に在庫があれば、翌日配送の通販よりも素早い対応ができます。店側にとっても、店舗の売り上げになりますし、在庫が回転するというメリットがあるのです。
これからの課題は?
好調なときでなければ実験できないことはいろいろあります。問題点を洗い出し解決のための様々な取り組みを今のうちに進めていきます。
新商品については、売り切れがたびたび出てしまっていますが、生産数をAIデータ+SVからの定性データで出すことに取り組んでいます。AIデータだけよりも、SVの意見を反映する方がより精度が高いという結果が出ていますし、意見を反映することで、SVの自信にも仕事へのモチベーションにもつながっていきます。
店舗については、来店客が途切れない嬉しさの半面、品出しが間に合わず段ボールだらけになってしまっていることが課題です。これをバックルームでさばけるような店舗設計ができないかと検討しています。出店についても、ワークマンでは、家賃比率を3%に抑えているので、地代が高い都心部には基本的に出店していませんが、例えば1階を駐車場、2階を売り場にするピロティタイプの建物なら可能か、その場合に地盤補強やエレベーターの設置などの建設コストに対してどれくらいなら回収できるかなど、今だからこそできることに取り組んでいます。
最後に読者である経営者の皆様へメッセージをお願いします。
社長の仕事には、これが正解というものがないので、私自身も難しさを感じながらやっています。常に心に置いているのは、「今、ここ、自分」という言葉です。今ここで自分がやらなければ誰がやるのだという覚悟と、もう一つは、今この立場にいる自分がやることはこれでいいのか、一度立ち止まって見つめ直す視点を持つようにしています。 弊社も課題はまだまだ多く、一つひとつ対処しているところですが、やるべきことを確実に一つひとつ実行することで光が見えてくるのではないでしょうか。
■ スタッフクレジット
記事:中城邦子 撮影:川田雅宏 編集:日経BPコンサルティング