なぜ、私が弱点克服を重視するのか。その理由をお話ししてきましたが、もう一つ触れないわけにはいかないのが粉飾決算の問題です。
数字をごまかすことなど、あってはならないことです。それは経営者自身も、頭では分かっています。分かっているのに、粉飾に手を出してしまう。弱点から目をそらしていると、最後の一線も易々と踏み越えてしまうことを知ってほしいと思います。私のところに持ち込まれる再生案件の大半が粉飾しているという現実が、それを物語っています。
大手監査法人にいる会計士は上場企業を監査します。上場企業の場合、「粉飾はない」という前提で監査をします。だから万一、粉飾が見つかったら大変です。粉飾をしているのにそれを監査法人が見つけられないと、もっと大変なことになりますが、ともあれ、彼らは基本的には粉飾がない世界で生きています。
その点、私は会計士としては特殊な世界で生きています。「粉飾をしているかもしれない」という前提で調査をスタートするからです。具体的に、何をどう調べるのか。実際にあった会社の例で話しましょう。その会社では、帳簿上の純資産が2億4900万円ありました。ところが調べていくと、資産があるどころか、債務超過の状態。純資産はマイナス5億3000万円。さらに、不動産を時価評価するとマイナス8億円でした。
純資産というのは自己資本とも言って、要は自分のお金。総資産から、銀行から借りたお金などを除いたものです。自己資本比率は、総資産に占める純資産の比率で、これが1ケタ台になると倒産寸前の危険水域とされます。その純資産が、帳簿上は2億円以上あるのに、実態はプラスどころか、マイナス。それも8億円ものマイナスというのはどういうことか。でも、中小企業では珍しいケースではありません。確かに、この会社は金額がやや大きいですが、その半分くらいなら粉飾している例はざらにあります。
中小企業の粉飾
一体、この会社はどんなふうに粉飾をしていたのか。直近の決算では、買掛金として300万円がB/S(貸借対照表)に計上されていました。でも調べてみると2300万円ないと、つじつまが合わない。2000万円分、少なくなっているんですね。どうして少ないのか。それはこういう手順で進みます。
実態以上の利益を計上するために、大半の人が最初にするのは、減価償却をやめること。粉飾のノウハウを教えるわけではないのですが、不自然でない範囲で、減価償却をやめたり減らしたりすれば、その分、営業利益や経常利益が増えます。これは比較的簡単な粉飾です。
それでも足りなくなってくると、売掛金を増やします。売り上げを水増しして、売掛金を増やすという方法です。売り上げまで手をつけたら、次の段階は何かというと、売上原価です。原価を減らすと、利益が増えます。このあたりまでが、粉飾の定番コースです。
さすがに金融機関のほうも、売掛金や商品の棚卸残高が目に見えて増えてくると、スルーするわけにはいかない。会社に問い合わせます。「随分、売掛金が増えていますけれど、最近新しい取引先が増えたのですか」「棚卸資産が増えていますが、どういうものが増えているんですかね」社長のほうは、その場を適当にごまかしつつ、「やばい、やばい」と冷や汗を流し、「水増しはもう使えないな」と考える。
こうして次に来るのが、買掛金を減らす、つまり負債を減らすことで利益を計上していく手法です。ただ、資産を増やすのは、理論上、やろうと思えば無尽蔵に増やせますが、負債を減らす方法は、仕入れなど有限なものをさすがにマイナスにはできない。だから、割と早めに限度が来てしまう。この会社も、本来は2300万円ある買掛金を300万円まで減らしたところで、やめています。
ここまで来たら、いよいよゲームオーバーです。さらに帳簿の数字をごまかしても、お金はうそをつかないので、いずれにせよ資金が尽きてしまう。
では、どうして中小企業に粉飾が多いのか。業績不振企業の経営者は、金融機関のほうに目が向いています。銀行取引の継続を第一に考えると、赤字決算は出せない。何としても利益計上をしようとなる。できれば増収増益。最低でもイーブン。だから前年と同じくらいか、ちょっと下回るくらいの決算を組みます。もちろん、偽りの数字です。
どの経営者も「一時的な処置だ」と自分に言い聞かせて、粉飾に手を染めます。「今はたまたま経営環境が良くないから、仕方なく数字を操作するけれど、1、2年もすれば良くなるはず。利益を出すことで、すべてが丸く収まるだろう」。そんな感覚です。でも、一時的な処置で終わることはほとんどありません。100パーセントないと言っていいでしょう。粉飾は長期化し、破綻への一本道を歩むことになります。
しかも、中小企業には会計監査がない。金融機関は決算書を詳細には見ません。税務署は決算をチェックしますが、いい決算にしている分には税金が取れるので、利益が出ている帳簿に介入することはまずない。ですから中小企業の場合、しばらくは粉飾決算でやり過ごせるのです。
ちなみに私は、10分もあれば大抵の粉飾決算を見破ることができます。私に特殊な能力があるのではなく、再生の仕事をしていれば誰でもできるでしょう。ここで紹介したような粉飾の手口を覚えておけば、会計の知識がある人なら1時間で粉飾している部分を見つけられると思います。
業績向上をうるさく言うワンマン社長に気を使って、営業責任者や経理責任者が隠れて粉飾をする例はよくあります。あるとき忽然と現れた「隠れ債務」によって、経営破綻する会社も多い。間違ってもそうならないように、粉飾を見破る力を社長が持っておくことは必要かもしれません。
粉飾をする経営者の心理
私がそう言ってしまうと元も子もないし、問題発言だと思いますが、経営者が粉飾する気持ちも多少は理解できます。金融機関は赤字というだけで、急に取引を見直したり、追加融資をしなくなったりします。でも、やはり最大の問題は経営者の甘さです。
「よし、粉飾して黒字決算ができた。今期は何とかなってよかった」。粉飾した経営者に当時の心境を尋ねると、そういう答えが返ってきます。あの、全然よくないんですけど……。現実逃避の状態です。問題は、目をそむけても解決しません。事実から、現実から、真実から目をそむける。目をそむけている間に、お金がどんどん減っていく。粉飾が何の解決にもならないことは分かっているのに、本当の問題には手を打たない。手を打つと言いながら、先延ばしする。やるべきことは、風呂の栓をすぐに閉めることです。弱点の克服なのです。
ちなみに、粉飾をすると、後々の再生局面で悪影響を及ぼします。粉飾をすると、本当は利益が出ていないのに、利益が出ていることになるので、税金を払わなくてはならないわけです。このキャッシュアウトが再生時に響いてくる。金融機関が債務免除に応じてくれても、税金が払えないばかりに再生を断念せざるを得ないかもしれないのです。具体的には金融機関が債務免除すると、帳簿上、「債務免除益」が生じます。ここに多額の税金がかかるのです。
例えば5億円の債務のうち、3億円を免除してもらったら、1億円以上の法人税を払わなくてはいけない。ただし、企業再生の局面ではこうした事態が想定されていますから、過去9〜10年間の繰越欠損金を債務免除益にぶつけることで相殺できるようになっています。問題はここです。粉飾決算をしていると帳簿上は黒字なので、欠損金が存在しないのです。
税務署に「実態は赤字でしたから税金を返してください」という主張を通すには、正しい帳簿を用意するのはもちろん、粉飾していたことを事細かに証明しなければならない。ですが、それは相当大変な労力を要します。すると再生の望みが、ここで絶ち切られてしまうわけです。
滞留している棚卸資産や含み損を抱えた不動産などを損失計上しても、普通は足りないでしょう。税金の支払いのために、金融機関が再生企業に新規融資することもありません(中小企業再生支援協議会などの公的機関が関与した再生では、実体のない資産の損金計上などが認められるケースもあります)。粉飾決算は人をだますだけでなく、自分自身の首も絞めることになるのです。
弱点を見て見ぬふりをする人、気付かない人
人口減少時代が本格化するのはこれからですから、弱点思考という私の考え方は理解しにくいかもしれません。「机上で偉そうに言うな」と思う方もいるでしょう。でも、私は外野から知ったかぶりで言葉を発する仕事はしていません。会社の中に入ってサポートしてきました。
コンサルティングは一般的には「宿題提示型」です。問題点を指摘して「こういうふうにやってください。次に来たときにチェックしますね」というやり方です。でも、そのやり方だと結局やりきらない会社が多いし、コンサルタントとの契約が切れたら元に戻る会社も山ほどある。そもそもコンサルタントに対して「おまえら自分でやってみろ。偉そうに言うけどできないだろう」という陰口も出るはずです。
私はそれが嫌なので、支援先に常駐するスタンスを取っています。これは執行役員を務めていた前職のコンサルティング会社、エスネットワークスの方針でもありました。「宿題提示型」に対して、「実務支援」、あるいは「実行支援」という言葉を使っていました。それを独立した今も続けています。
企業再生の案件は、最初は週に数日、相手の会社に入り込んで指導します。めどが見えてくると、週に1日、2週間に1日と出社頻度を下げます。役員や社員と机を並べて、ああでもない、こうでもないと、一緒に知恵を絞ります。こうやって会社に入り込むと「この社長は本当のところは何を考えているんだろう」「現場の人たちは会社の状況をどう感じているんだろう」ということが肌でつかめます。それは再生計画を立てる上で、また実行する上で大きな要素になります。
きれい事に聞こえるかもしれませんが、私はコンサルティング会社として利益をどう増やすかということはあまり考えていません。拡大志向はない。その代わり、ちょっと上から目線かもしれませんが、経営者に成長してもらいたい。それによって世の中をもっと良くしたいという思いでこの仕事をしています。だからこそ、多くの会社が今まさに陥っている弱点のわなを、広く知ってほしい。
それでは次回からは、より具体的に弱点思考の経営について解説します。弱点を克服できない人には、いくつかタイプがあります。
例えば弱点を見ない人。見て見ぬふりをする人と言ったほうがいいかもしれません。また、弱点に気づかない人もいます。次回以降は、こうした人々の心理を見ていきます。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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