こんなことを言う社長が、よくいます。「本業が儲からないので新規事業を仕掛けていますが、なかなか伸びなくて」。多くの会社が本業の収益力低下に悩んでいます。次の事業の柱を探すため、新規事業に打って出ることは全く構わないのですが、再生の現場ではその手法は使いません。
新規事業を立ち上げて再生しましょうとは、まずならない。ここは、大きなポイントだと思います。原則は、柱となっている事業で再生を図っていきます。なぜか。それが業績回復の近道だからです。新規事業に進出したり、今までにない販売手法を取り入れてみるという考え方は確かに理解できます。インターネット通販を始めてみましょうとか、法人向けの商品を一般消費者向けに売ってみましょう、とか。
経営者と話していると、そういうテクニック論に目が向きがちなのですが、でもそれは、もっと先の話だと私は思っているんです。まずは、負けているところを回復させるのが筋です。というのも、「従業員数」「組織の体制」「顧客から期待されていること」など、会社を存在たらしめているものは、「本業」です。
会社が長年にわたり存在し、一定の売り上げを上げているということは、その本業に価値を感じているお客が、以前ほどではないにせよ一定数はいて、その本業をつくり出すための組織がある。だから、新しい事業はもちろん、新しい施策を取り入れることよりも、今の製品・サービス、今の売り方を維持しつつ、儲かるようにするほうが手っ取り早い。
敏腕の経営コンサルタントなら、新しい飯の種を提示するかもしれません。でも、私は会計士資格を持つ、再生専門のコンサルタントです。新しいビジネスモデルを世の中に提示したことはないし、その能力もありません。「金子モデル」に従って新規事業を立ち上げるのだというようなセオリーは何も持ち合わせていません。そんな私が、ほぼ100パーセント、再生に成功してきたのは、既にお客が付いている本業を儲かるように組み直してきたからです。
スーパーの再生手順
例えばあるとき、地方のスーパーから「売り上げを増やしたいので、リニューアルの知恵を貸してほしい」という依頼が舞い込みました。地方都市のスーパーは、大手チェーンとの競争でどこも苦しい。その状況を脱却するため、強い商品をそろえ、強い売り場をつくり、大手と差別化したいという気持ちはよく理解できます。
でも、私はスーパーで働いた経験はないし、流通コンサルタントでもない。「どんな売り場に変えればいいのか」という答えは持っていないので、「すみませんが、私は小売りのプロではありません」とお断りしました。
ただ、お断りしながらも、先方の社長にこう言いました。「どんな商品を増やしたらいいとか、売り場の装飾をどうしたらいいとか、そういうことであれば、その道のコンサルタントの方に相談してください。でも、私はたくさんの小売店を再生してきましたが、問題点はそこにないケースが多いんですよ」すると、社長が「どういうことですか」と身を乗り出してきたので、「例えば、御社の店長は主要商品の仕入れ値を知っていますか。商品の利益率を考えながら、お薦めする商品を決めていますか。どの商品でお客を集め、どの商品でどれだけの利益を出すのか、考えていますか」と言いました。
事実、そうしたことを改めるだけで、業績は上がります。生鮮食品などの原価管理が簡単でないのは分かっています。けれども、原価も利益も知らずに経営ができる時代は終わりました。競合店の価格をチェックし、それに負けないように値付けをするだけでは、業績は回復しないのです。原価管理が甘いという弱点を直すだけで、業績が反転したスーパーの事例はいくつもあります。
新規事業に打って出る。新しい商品を開発する。店をリニューアルする。それらは今までやっていることとは、別のことをするということです。そうした戦略が必要なケース、必要なタイミングはもちろんあります。でも、業績が落ちている企業の大半は、臭い物にふたをするような感覚で、別のところに目を向けているだけ。弱点から逃げているのです。
「逃げている」というと、怒る人がいるかもしれません。けれど、私は再生企業を数百社と見てきています。そして、その最大の共通点が、自分の弱みから目をそらしていることなのです。わざわざリスクを取って新しい事業に乗り出さなくても、今までやってきたことをもう少し緻密に、そして戦略的にやれば、どれだけたくさんの利益が出るか。そのことを知ってほしいと、私は切に願います。
弱点を潰すのは、人も同じ
自社の弱点にふたをし、別のことに意識を向ける経営者が多いという事実の背景には、何があるのでしょうか。「強みを伸ばしましょう」と主張するビジネス書が多いからでしょうか。私に言わせれば、強みを伸ばす前にすべきことは、弱みを潰すことです。弱みを潰さないと、強みは決して伸びません。
教育現場でも、子供の強みを伸ばすことが大切だと言われています。確かに昔の日本は協調性を重視し過ぎるというか、出る杭を打つ面がありました。それではせっかくの個性が育ちません。だから、強みを伸ばす教育は私も大賛成です。でも、弱みを無視していいかというと、そうではないはずです。弱点があったら、それを直そうと努力させたほうがいい。「苦手な科目は勉強しなくてもいい」という態度を教師も親も取っていれば、その子は人生で困難を避ける道を選ぶでしょう。苦手科目を克服したら、そっちのほうが好きになり、強みになることだってあります。
また、人間社会で大勢の人と一緒に生きていくためには、協調性はもちろん、しつけなどを軽視してはいけない。自分と異質な人を受け入れる寛容性も必要です。そうした社会性と個性はバランスを取るべきですが、日本人はどうも振れ幅が極端です。最近の教育現場では、個性を伸ばすことを最優先に置き過ぎ、自分の強みを主張していれば生きていけるという考えの人に出会い、面食らうことがあります。
やはり、人間性がベースにあり、その上にそれぞれの強みを個性として乗せることが正しい順番だと思います。どんなにすごい強みがあっても、人とコミュニケーションが取れなければ仕事もできないのではないでしょうか。
企業においても売り上げを増やすことは賛成です。売り上げが増えることは、それだけ喜んでくれるお客がたくさんいるということですから、売り上げは企業の強さを測る尺度になります。ただし、「強みを伸ばせ」「売り上げを増やせ」と拡大意識は立派なのに、土台がしっかりしていないというのでは、アンバランスです。
例えてみれば、風呂の栓を開けたままの状態で、上から水をジャバジャバ入れるような経営をしているのです。冗談ではなく、再生現場ではそんな会社がたくさんある。「社長、疲れませんか」と私は尋ねたい。中小企業の資源は限りがあります。限られた人、設備で事業を回していくには、効率性は必須です。目が回るくらい働いているのに、風呂の栓が開いていたら、いつまでたっても利益は残らないし、働き方改革も進みません。
SWOT分析で弱みに気づけるか
「多品種少量がうちの強み」という製造業は結構多い。けれど、多品種少量で利益を残すには、段取り替えも歩留まり管理も、よほどうまくやらないと利益は出ない。少し前ならば少量生産に対応できるところが少なくて、量産品より高い価格で売れましたが、最近はその差が縮まってきています。にもかかわらず、多品種少量が強みだと安易にしがみつくのは危険です。
一方、客観的に見ても競争優位性がある商品を持っているのに、それを利益に変換できていないケースもあります。下手をすると赤字であることも少なくない。強みである商品が赤字で、だから儲からないという構図なのです。原因は原価管理の甘さ、営業効率の悪さなどにあることが多いのですが、ある1つの製品・サービスで、強みと弱みが併存していることは、決して珍しいことではありません。そうした商品は、果たして強みと呼んでいいのか。経営者は強みだと信じて疑いませんが、第三者から見ればそうではない。技術面は強みであっても、お金に変換できないという意味では弱みともいえます。
経営の世界には「SWOT分析」というフレームワークがあります。内部環境を、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)に分類し、外部環境を、機会(Opportunities)、脅威(Threats)に分類する。そうして整理することで正しい現状分析ができ、効果的な経営戦略が見つかるという考え方です。
この手法そのものは悪くはありません。私も使います。けれど、それは弱みを正しく書き出せる、という大前提に立っていればの話です。私が再生を手伝う企業は、先ほどのように自社の弱みを正しく理解していません。会社の大きな目的は利益を出すことなのに、利益を出すことを阻害している弱点を正しく把握できていないのです。
弱みを直視することが、人は苦手なのです。そうした意識に基づいてSWOT分析をすればいいけれど、的外れな強みと弱みを書き出しても意味がない。意味がないどころか、間違った戦略を打ってしまう危険性もある。「弱点思考」というタイトルを本書につけたのは、弱点を直視する思考を身につけてほしい、という思いからです。
SWOT分析をするなら、その後です。強みしか見てこなかった人が、自社の弱みと向き合うのはちょっとしたショックを伴うかもしれませんが、これからの時代は避けて通れません。強みは人に聞いたら、的確に答えてくれます。弱みは、人に聞いてもなかなか教えてくれないものです。それは気を使って言わないというよりも、他人の弱点はよく見えないからです。ですから、あなた自身の弱点思考を鍛えるしかありません。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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