私は、企業再生の仕事を約15年、ほぼ専業でやってきています。その間には、世界を震撼させたリーマン・ショックがあり、その影響で日本でもたくさんの中小企業が潰れそうになりました。国は円滑化法(中小企業金融円滑化法)を施行し、企業の借金返済を待つように金融機関に促しました。
リーマン・ショックの影響が一段落すると、東日本大震災が発生。危機を抜け出すと、アベノミクスの効果もあるのか、少し景気が良くなってきました。こうして簡単に振り返るだけでも、15年間にいろいろなことがあったと思います。
もともと私は大学卒業後、石油会社に就職し、販売促進、営業の仕事を担当していました。営業は、中小企業が経営するガソリンスタンドに油を売る仕事ですが、1990年代後半のその頃、既にガソリンスタンドは同業者間の競争が激化して販売価格が下落、ガソリンを売るだけでは儲かりにくい時代に入っていました。そこで洗車などの付加サービスでどう利益を出すかという、そんな販売促進の仕事を私はしていました。
仕事自体は楽しかったのですが、丸3年勤めた後、思うところがあって会社を辞めて、公認会計士の勉強を始めます。資格取得後に入ったコンサルティング会社で、私の恩師の方に企業再生の仕事を勧めていただき、私はこの道に入っていったのです。
秘密裏に倒産を回避する「私的再生」
ひと口に企業再生といっても、いろいろなジャンルがありますが、私が専門にしているのは「私的再生」の案件です。私的再生とは何でしょう。ちなみに私的再生の対になるのが、法的再生です。
民事再生法という言葉なら聞いたことがあるかもしれません。新聞やインターネットで、「○○株式会社が○日、民事再生法の適用を申請した」というニュースがよく流れていますからね。経営破綻した会社が再生を目指すとき、法律に基づいた再生スキームがいくつか用意されています。その1つが民事再生法です。
本来なら、民事再生法などの法的倒産だけで事足りるはずなんですが、法律を使うと、その事実が公になる。場合によってはニュースにもなるので、どうしても企業に敬遠されます。「法的再生=倒産」というふうに捉えられるからです。資金繰りがショートして経営破綻したという意味では、確かに倒産ではある。けれど、自己破産と異なり、民事再生はあくまで再生を前提にした制度です。
これから再生に向かおうというときに、「あの企業は潰れた」というレッテルを貼られると、再生が難しくなります。例えば、信用不安から「現金取引じゃなきゃ嫌だ」と、今まで通りの取引をしてもらえなくなったりする。倒産というものに過敏に反応するのが日本人の特徴なのです。再チャレンジの文化がなさ過ぎるのですね。そこで、できれば内緒で会社を再生したい。それに応えるのが私的再生です。
「銀行に借金を返済できない」「仕入れ先に振り出した支払手形が落とせない」といった最悪の事態を迎える手前、イメージでいえば「このままいけば、あと1、2年で資金が行き詰まる」というタイミングで私が入ります。私は、こういう悲しい場面でしか新しい経営者と出会えません。10年もたつと慣れてきましたが、因果な職業だと思います。
大半の場合は、金融機関、特に地方銀行が多いのですが、「金子さん、ちょっとうちの融資先をヘルプしてほしいんだけれど」と依頼が入ります。企業側が自ら依頼してくるケースはほとんどありません。皆無に近い。理由の1つは、私的再生のスキームを知らないからです。もう1つは、経営者が「自分の会社はまだ大丈夫」とのんきに構えているからです。
銀行担当者から「あなたの会社はまずいことになっているから、専門家の力を借りなさい」と言われて、初めて現実を突きつけられる。「そうなのかなあ。銀行の提案は無下に断れないから、仕方ないか」という程度の危機感しかない。
売り先、買い先にバレない
では、秘密裏にどう再生するのか。私的再生では、債務カットや返済のリスケジュールをお願いする相手は金融機関だけです。民事再生などと異なり、商売上の取引先、つまり売り先や買い先は登場しません。彼らには知られないように、金融債権を持つ金融機関とだけ交渉します。
例えば、借り入れの5割は見逃してもらい、残りは10年間かけて返済するという資金計画を、経営者と一緒に描いて金融機関に提示する。資金計画を作るためには、経営計画も必要です。どんな事業をやめて、どんな事業に力を入れるか。あるいは、組織の人員体制をどう変えるかといったことも、コストに関わるからです。
この計画に基づいて業績が回復すれば、借り入れの5割はきちんと返ってくるし、その後の融資機会も得られるので、金融機関にとっては「会社が潰れるよりはいい」という判断が成り立ちます。会社にとっても売り先、買い先にバレずに再生できるので、対外的な信用力は維持できます。「実はうちの会社は私的再生中です」と、自慢げに言う経営者はいませんので、もしかしたら、酒飲み仲間の社長が私的再生中という可能性も十分あり得ます。なにせ、私的再生の利用企業は年間1000件以上もあるのですから。
私がこの仕事を始めた約15年前は、金融機関の間でも私的整理があまり知られていませんでしたが、直近ではかなり一般的になってきました。内緒のスキームではありますが、効果は大きいです。頭の中が資金繰りのことでいっぱいの経営者から、資金繰りの悩みを解放すると、水を得た魚のように、事業に集中します。そうすると、こちらが思うよりも速いスピードで、会社が復活することはよくあります。
私は再生の専門家ではありますが、業界の専門家ではありません。石油会社に3年いましたから、油のことは分かりますが、それ以外の業界は必ずしも詳しくない。でも、どんな業界であってもほぼ100パーセント再生させます。なぜ100パーセントなのか。赤字続きの会社、あるいは赤字すれすれの会社を、ある程度の高さまで引き上げる手法はサイエンスだからです。具体的には本書でじっくり話していきますが、そこでやるべきことはほぼ決まっている。
一方、ある程度の高さまで持ち直した会社を、さらに伸ばしていくのはアートの領域だと考えています。当然、業界の知識、技術の見識なども必要になってくるでしょう。そこから先は経営者の仕事です。偉そうに聞こえるかもしれませんが、企業再生は、「成功」と「失敗」が非常に分かりやすい仕事です。業績が復活して再生したか、業績が反転せず破綻したか。一目瞭然ですからね。失敗が多いと、この再生業界から干されてしまう。
私の場合、現在も地銀の人などから依頼の電話が来続けていますから、かなり多くの案件を他の専門家よりこなしているはずです。年間20〜30件は再生してきましたので、およそ15年間で約300社以上。そして、それだけの数の会社を見てくると、そこに共通の問題点が見えてきます。
「どうして、経営者は皆、こういう失敗をするのだろう」
「なぜ、どの経営者もよく似た弁明をするのだろう」
あっちの会社とこっちの会社と、業種も社歴も全く異なるのに、なぜか再生案件として私に持ち込まれる会社には共通点がある。そうならないように気をつけていれば、業績を悪化させることもないはず。そんな思いを持ちました。
秘密裏といっても、金融機関に借金の一部を免除してもらったりするのですから、人様に迷惑をかける私的再生はしないに越したことはない。「こうすれば会社の業績が下がっていく」という事実を知っておくことは、大きな意味があるはずです。では、再生企業の共通点は何か。一言で表すなら、それは「弱点」に甘いことです。
弱みを潰すことに、驚くほど関心がない
自社の弱点に気づいていない。中には、強みだと思っている部分が、実は弱点であるという残念極まりない会社もあります。よくあるのが、主力商品が実は売れば売るほど赤字を垂れ流すという、とんでもない商品であるケースです。あるいは、自社の弱点に気づいているのに、見て見ぬふりをする経営者もいる。そんな状態では業績が伸びるわけがないのですが、社長や周りの幹部たちは「うちは最近ちょっと業績を落としているけれど、強い製品(サービス)を持つ、いい会社なんですよ」と余裕しゃくしゃく。私の前で笑顔まで見せる。
このギャップは何だ――。企業再生の仕事を始めてから、言い知れぬ違和感を覚えるようになり、それは年々強くなっていきました。どうして、ここまで弱点を軽視できるのだろう。なぜ多くの会社が、強みしか見ていないのだろう。強みを伸ばすことに会社の全精力を注ぎ、弱点を探すこと、弱点を見ること、弱点を直すことには、ほとんど力を注いでいないのです。
強みを伸ばすことに100の力を投じているとすれば、弱みを潰すことには1の力しかかけていない。正直、「よくそれで経営ができるよなあ」と思います。強みを伸ばせば、弱点を包み隠してくれることは絶対にありません。それは私のところに持ち込まれる企業を見ていると断言できます。
では、なぜそうした経営を堂々とできるのか。強みさえ伸ばせばいいという能天気な経営も、経済成長期・人口増加期なら、どうにか通用したのでしょう。強みの部分に力を注ぎ、売り上げ拡大を狙う。そんな売上至上主義は、1980年代末のバブル時代までよく見られました。ところが、91年のバブル崩壊に伴い、企業は売上至上主義からの脱却を迫られます。その流れは90年代後半からのデフレ不況で決定的なものとなり、企業は利益重視に転換。無駄を排した経営のスリム化が問われるようになりました。
さらに2010年代に入ると人口減少が始まります。人手不足の中、縮小する市場で収益をどう最大化するか。そこでは、人材教育、資本効率、事業戦略などの各側面で、バブル時代とは比較できないほど高度な経営が必要です。こうした変化の渦中にあっても、今なお、拡大志向からの意識転換ができていない会社は驚くほどたくさんあります。もともと、競争力の高い製品やサービスを持つ会社ほど、その傾向は強いと思います。
また、私は地方の再生案件を頼まれることが多いのですが、最大の理由は地方都市では猛烈なスピードで人口減少が進んでいるからです。人口減少の影響をもろに受けるサービス業が厳しいのは、言うまでもありません。また、地方では製造業が海外に移転するという流れは今も続いています。中国の人件費が高くなって、工場の国内回帰が起きているとも言われますが、人口減少と高齢化によって地方では働き手が不足していることも背景にあるのでしょう。
地方は2次下請け、3次下請けが多い。世の中の景気は常に上げ下げを繰り返しますが、2次下請けが自社でやりきれない仕事を3次下請けに振る、という構図がありますから、景気上昇局面でも地方の中小製造業の反応は鈍い。それでも従来は、「もう少し我慢していれば景気が良くなるから大丈夫」と、景気の循環を当てにしていればよかった。
けれど、日本は本格的な人口減少時代に突入しました。世の中全体のマーケットが縮んでいるのに、「そろそろ景気は底を打つかな」と甘く考えていると、取り返しのつかない泥沼にはまります。人口減少時代では大半の市場が縮小しますから、他社とどこで差別化するかによって勝ち負けが決まるといえます。
ただしそれは、強み以外の部分が同じ、という大前提に立っている場合です。経済が右肩上がりの時代では、多少おおざっぱでも、ブルドーザーのように組織を動かし、強みに全勢力を注げば何とかなかった。けれど、低成長の時代では、弱点を放置することは即、命取りになります。経済成長や市場拡大が弱点を覆い隠すことがないからです。
弱点を潰す緻密な経営と、強みを伸ばす大胆な経営。一見すると、二律背反するこれらを両立させることが、人口減少時代に企業が勝ち残る条件です。
■プロフィール
金子剛史
公認会計士試験合格の後、エスネットワークス入社。IPOやM&Aのサポート業務、企業再生の支援業務を担当。2017年MODコンサルティングを設立し、代表取締役に就任。本連載の元となる『弱点思考の経営』は、国内有数の私的再生のプロとしてこれまで約300社を復活させた経験から得た、経営のヒントがたくさん詰まった1冊です。
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